第2話 契約成立しました
さて、俺は今謎の女性に拉致?されて近くの喫茶店へ連れ込まれてしまった。
まあ、変な場所に移動するより遥かにマシだが。
「さて、まずは簡単に自己紹介からしましょうか」
謎の女性は注文したコーヒーを一口飲んでから、キリッとした眼差しを俺に向けて言った。
そういえば、お互い名前も知らないままだった。
「私は『雄星学園』の理事長を勤めております、『大室咲乃』と申します」
先程とは打って変わって大人な雰囲気になった女性、大室さんは名刺入れから一枚取り出して名刺をこちらに差し出してくる。
ふむ、『雄星学園』といえばこの近辺じゃ割と有名な私立校だ。
特にスポーツに関して言えばどの分野でも強豪校として県大会に名を残すほどで、芸能界の有名人もこの学校の出身が多い。
そんな学校の理事長が、こんな貧乏まっしぐらの俺に何の用なんだろうか?
いや、そんなことより俺も自己紹介をするべきか。
「これはご丁寧に。俺は、『市原優真』です」
「市原······優真。名前も似ているのね······」
名前を明かした途端、またもぶつぶつと一人で呟く女性ー大室咲乃さん。
なにこの人?ちょっとおかしいのか?
訝しげな目で見つめていると、大室さんはこほんと咳払いをして言った。
「市原優真君。私は、あなたにお願いがあるの」
「な、何でしょう?」
「あなた、私の学園に入ってくれないかしら?」
「······はい?」
俺が雄星学園に入る?どういうこっちゃ?
理解が及ばずぽかんとしていると、大室さんは「失礼、説明を先にするべきだったわね」と改めて話し始めた。
「実は、私には一人甥がいるの。名前は『立原優理』。あなたと同い年よ」
「立原優理······」
市原優真と立原優理。
なるほど、確かに俺と名前が良く似ている。
でも、それが何か関係があるのだろうか?
「見た目もそっくりなの。ちょっと違うのは、髪型くらいかしら?これ、見て」
そう言って差し出してきたのはスマートフォンで、画面には一人の男の子が映っている。
それを見て、俺は声を出さずに驚いてしまった。
だって彼女の言う通り、そいつは髪型こそ違うものの俺の顔立ちに瓜二つだったからだ。
この世界には同じ顔をした人間が三人ほどいるという話を聞いたことがあるが、まさかこれほどそっくりとはさすがにびっくりである。
「この子は、雄星学園に通う高校生だったの。健気で優しく、誰からも好かれるような子だったわ」
なるほど、違うところは性格もか。
自慢にもならないが、俺はぶっきらぼうで貧乏性、面倒事は極力避ける陰キャぼっちだ。
······ん?待て?『だった』······?なんで過去形?
まさか······と血の気が引いていく感じがしたが、それを悟ったのか大室さんはハッとした顔をした。
「あっ、違うわよ?ちゃんと彼は生きているわ」
「あ、あぁ······なんだ、よかった」
「ふふっ、他人の生死を心配するなんて、あなたも優しいのね」
そんなんじゃない。
ただ俺のそっくりさんが死んだなんて聞かされたら、あまりいい気分じゃないだけだ。
「でも、今は事情があって学校に通えてないのは事実なのよ」
「事情、ねぇ······」
「聞きたい?」
「いや、別に興味はないです」
「ちょっと重い病気に侵されてね、近々手術予定なの」
おい、この人聞いてもないのに話し始めたよ。
興味ないって言っているのに、なんて自分勝手なんだ。
まあ、人をここまで連れ回す辺りそれは分かっていたことではあったが。
「でね、彼が休学中の中、あなたに代わりを務めてほしいのよ」
「······なんて?」
今、とんでもない提案を聞かされて俺は間抜けにも聞き返してしまった。
代わり?誰が?誰の?
「だから、あなたが立原優理の代わりをしてほしいの。いわゆる影武者ってやつね」
「か、影武者って······」
どっかの大名や大統領じゃあるまいし、そんなもん都市伝説しか聞いたことないぞ。
しかし、目の前の大室さんはいたって真面目な顔つきで話している。
俺が良く分からない瓜二つの男の影武者?何の冗談だ?
「えーっと······ギャグですか?」
あまりにも突拍子もない内容に、俺はぽかんとしたまま現実逃避にも似た質問をしてしまった。
「残念ながら、ギャグでもなければドッキリでもないわ。私は本気の話をしているの」
ですよねー。
だって大室さん、さっきからクソ真面目に話しているんだもの。
しかし、いきなりそんなこと言われても困る。
「あの······どうして影武者が必要なんですか?」
「まあ、優理が手術中の間休学届けを出せばいい話なんだけれどね。ちょっとお家騒動もあって、彼は元気で学校に通っていることになっているの。今はちょっと風邪で休んでいるという設定よ」
「は、はあ······」
お家騒動ねぇ、ちょっときな臭くなってきた。
少し······いや、かなり面倒なことに巻き込まれようとされてないか、俺?
「つまり、優理クンが手術が必要となるほどの重い病気を抱えていて、それを周りに悟られるわけにはいかない事情がある。でも、あまりにも長い間休んでいると不審がられる。だから身代わりを用意して、彼が復学するまでの間彼を演じさせようと?」
今までの話をかなり要約して確認すると、大室さんは関心したように「へぇ」と声を漏らした。
「なるほど、頭の回転は早いようね。まあ、それでも優理よりは遅いけれど」
あれ······?俺、ひょっとしてディスられてる?
仮にも頼み事をしようとしている人に対して、なんて失礼な態度なのだろうか。
しかも、まだ俺は引き受けるとも言っていない。
大体、そんなことをして俺にメリットはあるのか?
「ちなみにこの任務を達成した暁には、あなたの通帳に300万振り込ませていただくわ」
「······ほぇ?」
なん······だと······?
ついさっきまで憂鬱としていたが、彼女のあまりにも魅力的な提案に心を動かされてしまった。
「正当な報酬だと思っているの。口約束ではない証に、先に前金として50万を振り込ませてもらうわ」
「ぐっ······」
なんとも悪魔的な囁きに、動揺を隠しきれずにいた。
だって、合わせて350万よ?
ただいま貧乏確定まっしぐらの俺にとっては、無視出来ない提案だ。
それだけあれは、当面の間は何とか出来るかもしれない。
「あと、それまでの間生活費と学費の保証は致します。あぁ、あなたが住む家も確保するし、家賃も当然こちらが支払わせてもらうわ。必要なものも用意する」
「ぐっ、ぐぅっ······」
ヤバい、かなり魅力的過ぎる提案だ。
これ以上ないほどの待遇だ、断れば多分この先良い条件の話も無いだろう。
しかし、だからといってこんな俺が雄星学園に通うだなんてあまりにも非現実的過ぎて不安になる。
そんな悩む俺に、大室さんは止めといえる最後の一言を放った。
「あとは、あなたが影武者生活を終えたら口利きで良い仕事も紹介致します」
「よろしくお願いします!!」
その一言で、俺は迷いを一切振り切って彼女の手を取ってしまった。
あぁ、これで後戻りは出来ない。
だが、この選択肢が後の俺の未来を大きく変えることになろうとは、この時の俺はまだ理解せずに楽観視していた。
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