天使の舞

NyanX

天使の舞

「貴方は、踊っていたわ。喧騒に包まれた夜の会場で。儚く、そして美しい。その姿は、まるで神話に登場する美獣よ。」

踊り子。

それは、この国の伝統芸。

女性は、十五歳から演舞場に集められる。

少女達は、王宮踊り子を目指して毎晩、厳しい稽古を受ける。

私も王宮踊り子を目指していた。

毎年、試験が行われている。

それに合格した者が王宮踊り子になれる。

「私は、何度転んだって、立ち上がり、踊り続けたわ。稽古が終わって、誰一人いない演舞場で踊り続けたわ。全ては、貴方のようになりたかった。だから私は、踊り続けた。」

試験の参加資格は二十から二十三歳まで。

たった三年間。

私は、もう二度落ちている。

次が最後の試験になる。

「貴方は、一度目の試験で合格した。試験会場では、天使が舞い降りた。と言われていたわ。一方、私は何の成果も残せず、時間だけが過ぎ去ったわ。貴方が天使と言われていたならば、私は悪魔ってところかしら。」

私は諦めていた。

何度だって絶望した。

全て私の実力不足。

誰も悪くなければ、誰も恨むことはできない。

「この世界に最初から悪魔なんて存在していないのよ。生まれた時は皆が天使であって、美しいのよ。だってそうじゃない。生まれて間もない子供に、醜いと言う大人はいないわ。成長する過程で、醜さや愚かさを覚えるの。やがて、天使は悪魔になるの。私を何がそうさせたのかしら。何が間違っていたのかしらね。天使の貴方なら答えを知っているはずでしょう。答えなさい。」

何も答えは返ってこない。

「貴方のお友達に、ルキナって子がいたわよね。彼女、長い髪をして綺麗な子だったわ。歳は私と同じで今年の試験が初めてらしいじゃない。なんと言っても王宮踊り子なんて興味が無かったとか。彼女、昨晩に泣き叫んでいたわ。そんなに試験が怖かったのかしら。私も初めては緊張したわ。だから抱き締めてあげたの。そしたら泣き止んだわ。あの子は、とても臆病なのね。貴方も彼女と仲が良いなんて意外だわ。貴方は臆病者が嫌いじゃない。」

正確には、臆病な私が嫌いだった。

幼少期に何度だって罵られた。

何も言い返せない。

間違っている事を言われている訳ではないから。

恐ろしい程に、的を得ている。

「私は、毎日を監獄で過ごしている気分だったわ。これ程の屈辱を感じた事はない。両親にも、貴方と比べられた。比較され、卑下される。私だって、私だけの魅力があるというのに。」

私の家系で王宮踊り子になれなかった者はいない。

両親は、私の存在を消したかった。

今回の試験で落ちたら家系から追放される。

私は、もう何も考えたくなかった。

私だけの踊りを見て欲しかった。

私だけの演出を評価して欲しかった。

私という存在を認めて欲しかった。

姉のように。

「お母様、お父様。ごめんなさい。私は、一家の面汚しよね。追放されるべきよ。分かっているわ。でも私は。私は、お母様とお父様の事が大好きなの。離れたくなかったの。だからこうするしかなかったの。大丈夫よ。これからは、皆で仲良く暮らすの。」

私は、踊り子が嫌いだ。

「私達家族は、この国の伝統なんて関係ないのよ。踊り子なんて文化はもういいの。姉様。天使と呼ばれた貴方の事も嫌いよ。お母様とお父様を首だけのこんな姿にしてしまったのは全て貴方のせいよ。だから貴方だけは許さない。だから私が貴方の生首を晒しながら踊ってあげる。これが私の踊りよ。私だけの踊り。」

ホルマリン漬けにされている姉の首を手に持った。

「貴方の事もとても嫌いだったのよ。ルキナ。貴方みたいな人が姉様に何故、認められていたのかしら。何度考えても分からない。分かりたくない。顔だって見たくないわ。さようなら。」

ルキナの首を窓から投げ捨てた。

「ふふ。愚かね。地獄で私の華麗な踊りを見ていなさい。」

私の最後の晴れ舞台。

姉の首を持って演舞場に向かう。

観衆に語りかけた。

「さあ、見なさい。貴方達が天使と呼んだ女の首よ。なんて美しいの。首だけになってもこんな魅力的な人間はいるかしら。いいえ、人間では無いわ。天使よ。」

演舞場は、静まり返っている。

「今宵は、天使の首を持った麗しの女の踊りを楽しんでいきなさい。」

天使の首を抱きしめながらステップを踏む。

私の足音だけが演舞場に響き渡る。

華麗な足使いに、天使の首を抱えながらも美を表現する腕。

誰もが私に見惚れている。

私にしか出来ない演舞。

「素晴らしいわ。この世界が私に注目している。これよ。これの為に八年の時を耐え抜いてきたのよ。さあ、私を見なさい。」

静かな演舞場に、銃声が鳴り響く。

腕から血が滲み出て、天使の首が転がり落ちる。

「おい、お前。何してる。私は、今、最高の晴れ舞台なのよ。お前もこの醜い天使のように殺してやる。邪魔をするな。」

演舞場は、錯乱状態で人々は逃げ惑う。

私は踊り続ける。

「見なさい。これが天使の舞よ。」

銃声が一発、また二発と鳴り響く。

「お前は、この醜い天使の婚約者か。殺してやるからそこに立て。あの醜い天使と一緒の地獄に送ってやる。」

崩れ落ちた天使は、銃を取り出し乱発した。

醜い天使の婚約者は、倒れ込んだ。

身体中から出血が止まらない。

意識が朦朧として、前が見えない。

「この会場の全てが最高だったわ。私の最期に相応しい。」

この日の出来事は、踊り子の伝説として語り継がれた。

踊り子の中で、天使と名乗った彼女を信仰する者も多数現れた。

人々は、悪魔の演舞と呼んだ。

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