第29話 最終試験



 ――――広域修練所――――



 日も沈み、空は暗い。夜は始まったが、騎士採用試験は最終試験へ突入した。

 

「これより、本日最終試験である適正試験を行う。配られた紙を見ながら話を聞くように」


 この適正試験は決められたシチュエーションで、あなたがどう対応するのかを見る試験となっております。


 あなたはサンクロス王国騎士として、捕虜を救うため仲間と共に戦地へ赴きます。しかし奮闘虚しく味方は全滅。女性捕虜を一人救えたあなたは、その捕虜と共に国へ帰還する。


 と言ったところから試験が始まります。装備や所持品の設定はこちらで行いますので、何も持ち込まず、支給品をお使いください。


 ということらしい。


 試験官が説明を終え、受験番号の若い人から試験が始まった。私の番号は若めだったので、次の次ぐらいで試験開始だった。


 私は待ち時間の間、サンクロス王国騎士としてどう対応するかをシュミレーションした。女性捕虜への気遣いや、敵国の追跡の警戒、周囲の安全確保など、頭の中で様々な想定をした。


 一人戻ってきて一人進み、一人戻ってきたら一人進み。そうしていつの間にか、私の番が巡ってきた。


「アーサー。入れ」


 私は試験官から装備を受け取り、アホほど広い広域修練所の中へ足を踏み入れた。


 修練所内への門をくぐるとすぐに女性がいた。彼女は縄で手足を緩く縛られていて、今にも泣きそうな顔になっていた。


「騎士様、敵軍が私達を追ってきています。あと5分もしないでこちらへ来るでしょう。できるだけ遠くへ逃げましょう」


 めっちゃ冷静だなこの捕虜。


 入口に捕虜役がいたということは、この修練所の反対側がゴールとなり、そのゴールに向かう途中でアクシデントがある。そのアクシデントをどうさばけるか、合否の分かれ目となるだろう。


「ありがとう。君の名前は?」


「『ガイア』と言います」


「よし、ガイアさん。まずは左側にある岩場を目指すよ」


 私はゴツゴツした岩場に指をさす。するとガイアさんは不思議そうな顔をした。


「右側の林に隠れながら行く方が見つかりづらいのでは?」


 この闇夜に林に隠れるのはたしかに正解だろう。しかし敵軍が追ってくるとなれば、探しにくい林に人を多めに向かわせるはず。だからあえて岩場へ行って身を隠しながら進む。


 私はガイアさんの手を引きながらこの事を説明し、彼女を納得させたうえで岩場へ向かった。


 岩に身を潜め、どこから見ているか分からない敵軍を警戒し、かすかに見えるゴール地点へと進む。


「騎士様、わたし少々もよおしてきました」


 はい?


 こんな時に?


「申し訳ありません、どうしても無理でしょうか?」


 命かかってんだぞ。

 

「私も女だから分かります。我慢するの難しいですもんね。私が周りを見ているので、これを羽織って済ませてください」


 ガイアさんは申し訳なさそうにしながら別の岩の影に行った。私はガイアさんの見える位置かつ、周りも見れる場所へ移動し、周囲を警戒していた。


 ザッザッザッ――


 足音が聞こえた。恐らく3人。


 こちらに気づいてる様子はなく、闇雲に探しているような感じだった。しかし。


「おい、なんかこの辺くせえぞ!」


 敵の中に鼻の良い奴がいた。女の子はトイレなんてしないんだからくせぇとか言うなよ。ぶち殺すぞ。


 まずい、敵軍がにおいのする方へ向かっている。


 私は彼らの後ろへ回りこみ、支給されていた木製の剣で1人目の首を斬る。


「うっ……」


 一人目を皮切りにして二人、三人と斬っていく。敵軍はその場に倒れ、ガイアさんのケツと尊厳は守られた。


「騎士様!」


 糞尿にまみれた下半身を晒しながら私に抱きついてくる。私は嫌な顔さず彼女を抱擁したが、せめてケツは拭いてくれ。


 その後も順調に岩場を進んでいき、ゴール地点が目前となっていた。


「ありがとうございます騎士様。なんとか2人で戻ってこられましたね」


 ガイアは私に向き直りお辞儀をしてくる。


「いえいえ、こちらこそありがとう」


 ガイアが顔を上げ、微笑む。


 そしてどこからか取り出した小さなナイフを私の腹部目掛けて突き出してきた。


「っぶな! 何してんだアンタ!」


 ガイアは刺し損じたナイフを構える。


「私は敵軍のスパイなんだよ。気づかなかったのか?」


 そういうシナリオだったのか。ならば私も役を演じる。


「とても綺麗で澄んだ目をしていたから気づかなかったよ」


 決まったな。


「は? 死にたいの?」


 決まらなかった。


「でも、あなたとは争いたくない。なにか事情があるんでしょう?」


 ガイアはナイフを少し下ろし、入口で見せた泣きそうな顔をしながら言った。


「家族が人質になってんだよ。だから敵軍を裏切れない。ここで死んで、私の家族を延命してくれよ」


 追跡してくる敵は倒した。ここで人質を取られているガイアも倒してしまったら、ガイアが倒れることで人質までも命を失う。


 しかし、私の手で救える命が、目の前の奪う命より多いのならば、私は謹んで敵に刃を向ける。


 この時私は、改めて命の価値は平等では無いという事を学んだ。


「この先救われるべき人のためも私は死ねない」


 ガイアは私の言葉を聞き終わるとナイフを下ろした。


「不合格」


 え?

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