第4話 みんな楽しそうだな 

わたし くるくるリン 神様から迷える人間を救うように使命を授かったの

 辛い溜息一つで あなたのもとにくるりん。


 机の上は、今日中に片付けなくてはならない書類の山。

 今日も残業か、毎日毎日仕事仕事。

 これじゃ折角の月に一度の休日も寝てるだけで終わってしまう。

 恋人もいない、気付けば30代。

 人生こんなに乾燥していていいのだろうか?

 テレビとか見れば、みんな恋に仕事に謳歌しているように見えるのに、俺一人がつまらない人生を歩んでいるような気がする。

「はあ~、どこで俺の人生間違ってしまったんだろう」

「どうしたりん?」

「別に、愚痴っただけだ」

「そうりん」

 随分舌っ足らずな声でしゃべる奴だ、こんなOLいたっけ?

 俺は書類から視線を外し、声の方を見た。

「りんりん」

「うわっ」

 可愛い女の子が、俺のデスクの上に正座してこちらを見ていた。

 なっなんで夜のオフィスに女の子がいるんだ?

  誰かの子供か?

「君のお父さんは誰だ。全く仕事の邪魔しちゃ駄目だよ」

「ごめんりん。でも、おじさん大きい溜息してから、気になったりん」

 そんなオフィスに響く程俺は大きい溜息をついてしまったのか。

「よかったらリンに話してみるりん」

「別に、隣の芝生は青いなって思っただけだ」

「?」

 リンは子犬のように小首を傾げた。

 なんか、非常に心をくすぐられる可愛さだったので、もう少し噛み砕いてやろうという気になった。

「う~ん。何というか、自分は多分、幸せだと思うんだけど。

 ふと周りの人を見ると、みんな自分より幸せそうに見えて妬ましく思えてしまった」

「妬ましいの?」

「そう。でも人間だからしょうがないかな。どうしたって他人を見てしまう。

 真っ直ぐ前だけを見ることが出来れば、人生迷いが無くていいんだろうけどね」

「そうなんだ。おじさん、前だけが見たいのね」

「そう。脇なんか見ることなく、まっすぐ自分の道を見たい。

 まあ、そんなのよほど自分に自信のある奴でないと駄目だろうけどね」

「分かったりん。そのお願い叶えるりん」

「えっ?」

「くるくるくるくる、くるくるリン」

 リンは、俺のデスクの上で突然、楽しそうに躍り出した。

  踊り回り、天使の輪っかと翼が生えてくれる。

 だが、そんなこたあ~どうでもいい。

 大事な書類が散らばってしまう。俺は慌ててリンを取り押さえようとした。

「あなたのお願い」

「うごっ」

 カウンターで、見事に遠心力が乗った膝蹴りを喰らってしまった。

 衝撃で脳が揺れ、俺は一発で腰砕け、その場にへたり込んでしまった。

「ぴこっとはんまーーーーーーーー」

 リンの手に、天井にまで届くドラム缶サイズの巨大なハンマーが表れた。

 まって、それぴっことなんて可愛い名前で済まない。

「ズバッと、めりこめや」

「うごっごく」

 ハンマーは振り下ろされ、脳天に直撃。

 目の前にスパークが走って俺の首の骨は押し潰され。

 顎が鎖骨に着くくらい頭部がめり込んだ。

「じゃあ、お願いは叶えたりん。

  バイバイりん」

 リンは笑顔のままにパーテーションを飛び越え消えていった。


 俺に迷いはなくなった。

 真っ直ぐ前しか見えない俺は、もう他人が何をしていても見えない。

 見えないから、惑わされることもなくなった。

 ただひたすら俺の道を邁進するのみ。

 仕事、仕事、仕事。

 前と同じことをしているはずなのに迷いなく打ち込める。

 俺は真っ直ぐな奴だ。

 ただ、横が向けないので車の運転は出来なくなってしまったが、

  心の迷いが無くなることに比べたら、些細なこと。

 間違った道を突き進んでも、他人と比較出来ないから分からない。

 分からないから気にならない。

 人間、欲を言ったらキリがない。

 溜息なんかつかないぜ。

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