第5話 今際の際に悪魔を見た

 キキーーーーーーーッ。

 アスファルトを擦る音と焦がす臭いが背後から襲いかかってくる。

  ボクが振り返ったときには視界はダンプで一杯。

  格闘技で鍛えた体なんて、何の役にも立たなかった。

  3トンの前には、50キロなんて木の葉に等しい。

  ボクは天使のように空に舞い、隕石のようにアスファルトに激突した。

  寒い。体中から、血が抜けていくのがわかる。

  こりゃ助かりそうにないと、自分でも分かってしまう。

  痛すぎて、痛みを感じない。

  思考が、するのが辛くなっていく。

  まだまだやりたいこと、いっぱいあったのにな。

  とても、満足に天ごくになんかいけない。

  せめてせめて、ここすうかげつきたえたせいかがためせる

  かくとうぎたいかいくらいにはでたいよ。

  おねがい。あくまでもいいから、だれかたすけてよ。

  でもだめか、だれもこたえてくれない。

  めもみえなくなっていく。

 

  ぼくここでおわっちゃうの?


「はあ~っ」

 かなしみとともに、はいにのこったさいごのくうきを吐きだした。

「どうしたりん?」

 しにかける、ボくみおろす、てんしさんがいた。

 ぴんくのかみをみっつにまとめて、こいぬかとかわいい。

 このこぼくを、てんごくにつれていくの?

 あなたが、ぼくをつれてくの?

「ううん。くるくるリンは、天使。天使は絶対に人を殺せないんだ」

 じゃあ、なんできたの?

「お姉さんが、溜息付いたから。

 なんで溜息付いたの?」

 ためいきじゃない、どちらかというとだんまつまだ。

 まあもうどっちでもいいか。

 みりゃわかるでしょ、ボくしにかけてるのよ。まだまだやりたいいっぱいある。

 でも、おわる、ぼくおわっちゃう。

 てんしならたすけてよ。

「分かったりん。お姉さん、お名前は?」

 さき

「さきちゃんが、リンの下僕になるなら助けるりん。

 どうりん?」

 なるなる。なるからたすけて。

 たすかりたい。ただそれだけをねがい。わたしこたえた。

「契約成立りん。

 くるくるくるくる、くるくるりん」

 リンは、ボクの血溜まりの上で回り出した。

 それはそれは、楽しそうに。

 くるくる指を回して、体を回す。

「マジックアイテム。エンジェルデスサイズ」

 リンの手には、刀身がピンクに輝く巨大な鎌が表れた。

「ズバッと、首落ちろ」

 ヤクザよりドスの効いた声を共に、ギロチンのごとく鎌は振り下ろされ。

 ボクの、首はスパーーーーーーーーーーー

  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんと切り落とされ

  転がった。

 コロコロコロコロ、首は地面を転がり、切り離された自分の身体を見る。

 なんで?助けてくれるって言ったのに、ボク殺されちゃった。

 騙された。

 睨み殺したいのに涙でリンの姿が霞んでしまう。

 ならせめて、唇を噛みしめていた口を開いて呪詛を吐き出してやる。

「うわあああああん。何で何で騙すんだよ~。嘘つき~」

 呪いの言葉を吐くどころか、ボクは泣き出していた。

 死んじゃった。死んじゃったよ~。

 ただ悲しかった。

「酷いりん。リンは騙してないりん」

 ボクの傍まで寄ってきたリンは、ボクの首をその可愛い手で持ち上げた。

 リンの見るだけで和む瞳が、ボクと同じ高さで見える。

「あれ、ボク生きているの?

 でも、首斬られたし、なんで?」

「言ったりん。天使は人間を絶対に殺せない、

 それは因果律に組み込まれた絶対の宿命りん。

 だから、サキが死ぬ前にリンが殺したことで、死ななくなったりん」

??????????????????????????????????

??????????????????????????????????

??????????????????????????????????

 全く意味が分からない、でも生きていることだけは分かった。

 でも、首が切られて生きているというのかな?

 生物的にどうだろう?

「今度は、サキちゃんが約束守る番だよ」

「ぐすっ。でもボク首だけに」

 首だけじゃ、精々オウムの如く話し相手になるぐらいしかできない。

 ボクは、この娘の愛玩動物にされちゃったの?

「だいじょぶりん。サキちゃん、立ってみるりん」

「でも」

「うるせえ、ごちゃごちゃ言うな」

「はっはい」

 リンのチンピラの如く睨み付ける目に震え上がり、ボクは試しに起きあがろうとしてみた。

 するとちゃんと、身体から手応えが返ってくる。すごい手に感触がある。

 リンが、ボクの首を身体の方に向ける。

 ボクの身体は、ちゃんと起きあがろうとしているのが見えた。

「凄い」

「ね。じゃあ病院に行って身体を治すりん。でも首だけは直しちゃ駄目だりん。

 そうすると因果律が戻って、サキちゃん死んじゃうから」

「分かった」


 ピンクの悪魔に魂を売ってから早一ヶ月後。

 無差別武闘大会決勝戦まであと数分。

 控え室でのイメージトレーニングを止めて、ボクは前に鏡の前に立ってもう一度自分の姿を見た。

 赤髪をボーイッシュにカットした顔は、うん引き締まってる。

 首元は、ちゃんと晒しできつく縛ってある。

  よし

 ボクは最後に道着の帯を締め直して、気負いを入れた。

「勝っても負けてもこれが最後。行くよボク」


 大勢の観客に、周りをぐるっと取り囲まれ。

 目の前には、同じ人間とは思えない巨体のレスラーがいる。

 まるで筋肉の壁だ。ボクのパンチなんか、効きそうに見えない。

 バチッ。

 頬を叩いて気合いの入れ直し、飲まれちゃ駄目だ。 

「はっ」

 にやついた笑みと共に、レスラーが拳を振り下ろしてきた。

 ボクはさっと躱して懐に飛び込もうとする。

「!」

 不用意に突っ込んだボクにバズーカのような膝が迫ってきた。

 咄嗟に、十字ブロック。

 ブロックごとボクは2メートルは吹っ飛ばされる。

「がははははは、お前みたいな小娘に勝ち目はないぞ。痛い目に遭う前に降参するんだな」

「このっ」

 悔しさで拳を握り締めたが、実際にリーチが違いすぎてどうにも成らない。

 レスラーは、余裕を見せつけのっしのっしと間合いを詰めてくる。

 やるなら今しかない。

 決勝戦まで、温存しておいた必殺技。

 ボクは、レスラーに向かって走り出すと共に両手を頭にかけた。

「はっは。特攻か」

「馬鹿にするな。くらえ、ロケットヘッドアタック」

 ボクはレスラーのアゴ目掛けて、自分の頭を投げつけた。

 驚きで間の抜けたレスラーの顔が、ぐんぐん迫る。

 よし、ボクは耐ショックに備え歯をグット噛みしめ。

 激突。

 落下するボクの頭を、駆けつけた身体が見事キャッチ。

 頭を小脇に抱えたままボクは追撃の必殺技を放つ。

「ギロチンキック」

 ボクの回転の乗った蹴りがレスラーの喉に食い込み。

 レスラー失神。

 この瞬間、ボクの優勝が決まった。

 やったやったよ。

 ボク優勝出来た上に、史上初の技も編み出したんだ。

 これで、もう悔いはないな。

「うおーーーーーーーーーーっ」

 ボクは唖然としている観客に向かって勝利の雄叫びをあげた。


 武道館から出てくると、そこにはピンクの悪魔が待っていた。

「もういいりん?」

「ああいいよ。さあ、ボクを好きなように使ってくれ」

「じゃあ、行こうりん。

 溜息をつく不幸な人々がリン達を待ってるりん」

 悪魔に魂売った自分が一番不幸な気もするけど、まっいっか。

 これはこれで楽しそうだ。

 ボクは前で揺れるリンのテールを見ながら思ったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る