第3話 中間管理職は辛いよ
わたし くるくるリン 神様から迷える人間を救うように使命を授かったの
辛い溜息一つで あなたのもとにくるりん。
「…というわけで、このプロジェクトは…」
「なんだね。そのプロジェクトは」
若手が入念に準備し意気揚々とプレゼンをする中、部長が失笑した。
「そうだ。なんだそのプロジェクトは、お粗末にも程があるぞ」
「しかし、これは主任と相談して…」
「俺は知らん」
「兎に角、そのプロジェクトは、こう変更しなさい」
「っさすが部長、素晴らしい指示です」
「そんな、それは最初私は出した計画じゃないですか、主任が変えろと…」
「黙りなさいっ。人の所為にするなど、君は社会人としての自覚はあるのかね」
俺は若手の声を塗り潰して叱責した。
「はあ~っ」
バーカウンターに重い溜息を吹きかけた。
「お客さん、そんな溜息をついていると悪魔がやってきますよ」
「ははっマスターも冗談を言うんだね」
溜息が良くないことは分かるが、今日の会議を思い返すと気が重くなる。
自分でも分かっている、下に厳しく、上にへつらう。
将来自分はこうなるまいと思っていた男に自分はなっていく。
しかし、仕方ないだろ。そうでなくては、出世出来ない。
他の会社じゃ知らないが、少なくても我が社では上にへつらわなくては生きていけない。
部下達は、さぞや俺のことを嫌って軽蔑していることだろう。
「はあ~っ」
また、重い溜息を零す。
そんな、俺の前に、スッとグラスが置かれた。
甘い香りがする、ホットミルクだ。
「マスターこれは?」
「あちらのお客様からです」
マスターの指し示す方を見ると、そこにはピンクのトリプルテールを揺らす女の子がいた。
なんだ? 俺の娘なんか、ゴミ箱に捨てたくなるくらい可愛いじゃないか。
いや、そんなことが問題じゃない。
なんで、あんな幼い子がバーになんかいるんだ?
少女は、とことこ近寄ってくる。
「何かお悩みですか?」
少女は微笑みと共に尋ね、俺の隣の席にぴょんと飛び乗る。
気取った台詞とのギャップが可愛すぎる。
「ふっお嬢ちゃんには言ってもしょうがないことだ」
俺も少し気取ってグラスを揺らしながら答える。
「そう言わず。リンに話してみるりん。
バーは愚痴の吐き捨て場、リンに囁くとらくりん」
「そうかもな」
思えば、俺の愚痴を聞いてくれるような人はいない。
妻とは冷え切り、娘は私を避ける。
上司に言えるわけもなく、部下には嫌われてる。
俺はバーで出会ったこの可愛い少女に、ふと零したくなった。
この少女なら私の悩みを聞いてくれると本能的に悟ったのかもしれない。
「人間、どうして思い描いた大人になれないんだろう」
「あなたは、なれなかったりん」
「ああ。強きを挫き、弱きを助ける。
それが、気付けば、弱気を挫き、強気にへつらうだ。
理想と、裏表が逆になってしまったよ」
「そうなのりん」
「ああ。でもそれが生きるということかもしれないな」
「それじゃ、駄目なのりん?」
リンは流し目で尋ねると、ホットミルクを一口啜った。
「会社人間としては駄目じゃない。でも人間としてはどうなのだろう?」
酒は口を軽くする、きっと明日にはこんなセリフ忘れて部下をいびるのだろう。
だから次のセリフも感傷に酔った、ただの戯れ言。
「これからも人に嫌われ続けるのかな~。はあ~、いっそ裏表逆になりたいよ」
「そのお願い叶えるりん」
「えっ?」
「言ってしまいましたねお客さん。可哀想に」
マスターは、これ以上見たくないとばかりに、さっとこちらに背を向ける。
「何をだ」
俺が戸惑う内に、リンは光り輝き、頭には天使の輪っか、背中には純白の翼が羽ばたく。
「くるくるくるくる、くるくるりん。
あなたのお願いかなえるりん。マジックハンド」
リンの手におもちゃによくある、棒の先に腕が付いているマジックハンドが表れた。
「これでズバッと、う・ら・が・え・し」
不吉な響きと共に、私の口の中に、マジックハンドが突っ込まれた。
うご、異物の挿入に吐きそうになったが、構わずマジックハンドは、ぐいぐい入ってくる。
食道を通りぬけ、胃まで侵入してくる。
気持ち悪い、これ胃カメラの比じゃない。そもそも麻酔もないので、痛いし気持ち悪い。
「くるくるくる、りんりんりん。どこまでいくかな~」
涙で霞む視界に、楽しそうに口すさぶ笑顔が見える。
うごごごごご、小腸大腸を通過し、とうとうマジックハンドは、
出口から、出てしまった。
「マジックハンドオープンクローズ」
マジックハンドに、私の尻はぎゅっと掴まれた。
「そーーーーれ、うっらがえし。うっらがえし」
リンはマジックハンドを引き抜きだした。
つられて、俺の尻が出口に吸い込まれ行く。
ちょっとまてっ、俺はどうなってしまうんだ?
俺の身体が、どんどん出口に飲み込まれていき。
マジックハンドも入り口に戻っていく。
俺は俺は、裏返されていく?
足や尻が、ぐにゅぐにゅ入り込んだと思うと、
胃が限界一杯まで膨らみ、くっ苦しい。食い過ぎなんてもんじゃない。
気を失いたいのに、失えない。
「そーーーれ。裏返った」
ぽんっという音と共に私は、身体の裏表が裏返ってしまった。
「ふう、お願い叶えたりん」
リンは、一仕事終えたビールを飲むように、ミルクをおいしそうに飲む干した。
「じゃあ、お仕事頑張ってりん」
「ええ、りんちゃんも頑張ってね」
「部長、こんなのは納得出来ません。
これでは、部下が付いてきません」
「よくやったね。失敗は気にしないで、責任は私が持つわ」
悪魔と出会った日以来私は、部下を守り、上には刃向かうようになった。
私は上に煙たがるようになったが、不思議なことに一目置くようにもなった。
部下にも慕われだし、なんか中世の騎士のような忠誠心を見せる人まで出てくる。
娘も私に心を開いてくれるようになり、今ではたまに一緒にお風呂に入る。
人生とは分からないものね。
ほんとこれまでと、世の中の見方が一変したわ。
まあ、溜息なんかつかないで頑張りましょう。
でも、知らなかったわ。
月に一度来るものが、あんなに辛いなんて。
いっそ私も一人くらい産んでみようかしら。
でもそれなら妻にも裏返って貰わないとね。
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