義弟にバチ切れる





「おねえさま、僕のこと嫌いになったのですか?」

「アダンのことは好きだよ」

「じゃあなんでですか?」

「えっとね」


バルバラはアダンに説明した。

常に一緒にいるのは疲れてしまうこと。1人の時間がほしいということ。これはアダンが悪いのではなくて、バルバラの問題であるから気に病まないでほしいこと。


しかし彼女の神経質な気持ちを子供に理解させるのは酷である。


「好きなのにずっと一緒にいれないんですか?ずっと一緒にいたいです」


子供の世界はシンプルだ。

アダンは好きなのに常に一緒にいられないことが理解できなかった。それに両親と違ってこの姉はまだ生きている。何の問題があるのだろうか。


「つまりね……」


バルバラはアダンに説明しながら、転生前に付き合っていた彼氏のことを思い出していた。





大学でできた恋人との生活は、高校の頃とは何もかもが違って新鮮だった。

お金や時間に余裕ができて、家族や友達とだったら行かないようなところに行けた。これが大人か〜!と思ってドキドキした。


彼氏は一人暮らしで、ずっと一緒にいたくて彼の家に入り浸った。半分同棲のようになっていて、大好きな人と朝も夜もずっと一緒にいれるのはなんて幸せだろうと思った。


しかし同じ生活を過ごしていけば次第に慣れてくる。大好きで気にならなかったことも積み重なればストレスになる。


「ハル、一口分だけ残したペットボトルは冷蔵庫に入れっぱなしにしないでよ」

「あーごめん捨てといて」

「これ前も言ったよね」

「気をつける」


「ハル、トイレットペーパー無くなりそうになったら言ってよ。てか買ってきてよ」

「まだいけるかなって思って」

「いけねえよ!こんなペラペラで何もできないよ!」

「ごめん気をつける」


「ハル!ゴミ出しといてって言ったじゃん!燃えるゴミ来週まで出せないんだけど!」

「あ、ごめん朝急いでて」

「お前ほんとふざけんなよ……」


そんなことを繰り返していると


「あのさハル、少し距離置かない?」

「え、別れるってこと?」

「違う。なんか最近喧嘩多いし、一旦頭冷やしたい」

「わ、わかった」


半分同棲のような状態から、週に3日会うようになった。物理的に会う時間は減るので喧嘩は減ったし、心に余裕ができてお互い優しくなれた。


このことをきっかけにハル……バルバラは、大好きでも距離感は大事なんだな〜ということを学んだ。

(彼女が彼氏に甘えず彼の言うことを素直に聞けば良い話であるが、それは一旦置いておく。ここでは彼女が学びを得たということが大事なので)


以上からわかるように、彼女は転生前より気遣いとは程遠い人間である。円滑な人間関係を築くのが人より下手だ。つまり悪役令嬢には向いていない。


しかし彼女も苦手なりに一応やってみようとした。どうにかアダンとわかり合おうとしてみたのだ。


「だから、一緒に食事をするのは週に3日にしない?アダンもお勉強があるでしょ?」

「おっ、お、お、おねえさまは、ぼっぼくが、ヒッ、嫌にっ、なったんだ」

「いや違くて」

「おねえさまもっ、ぼぐの前からっ、いなくなっちゃうんだっ」

「や、同じ屋敷にいるから」


アダンは大きな瞳に涙を目一杯ため、ついに決壊した。火が付いたように泣き喚き、使用人が何事かとやってくる。


バルバラはそれを見て逆に冷静になった。頭がスッと冷えて

「チッ。ダル」

「お嬢様?」

「え?これってハルが悪いの?」

「あのお嬢様、これは一体……?」

「や、こっちは妥協案出してんじゃん。そっちがずっとハルのこと追っかけ回してくんじゃん。迷惑だっつってんの。わかんない?何回も説明してるよね?ロンリテキに」


ロンリテキに、の部分で音に合わせて机を6回叩いた。

それを見たアダンはさらに大きな声を出す。

成人した大人が8歳の子供にブチ切れるという、なんとも大人気ない行為である。


「バルバラ様、落ち着いてください。アダン様も、ね?」

と使用人が諭そうとするも

「いやダルいダルいダルい。めんどくさ。ハルはもうお前と一緒に飯食わん。一生泣いてろよ」

といった具合である。


カッとなったバルバラの心を支配するのは「あたしはこんなに頑張ったのに。我慢したのに」と言う気持ち。


慣れない異世界での生活はわくわくしたが、同時にストレスもたまった。

そしてアダンとのやりとりをきっかけにバルバラのコップの水は溢れてしまったのだ。彼女のコップは人より小さくて浅い。早晩こうなることは明白だった。



命が惜しければ義理の弟には優しくしろ。



悪役令嬢の心得、第一条に書いてあることすら守れない始末。まさに界隈の面汚しである。


このときのバルバラの言動について『2040年悪役令嬢グランプリ』でみごと金賞を受賞したアシュレイ・カーツワイル氏(代表作『発明家令嬢はAI公爵に溺愛される〜え?シンギュラリティって私が止めないといけないんですか?〜』)はこう語る。



「びっ……くりしましたね」


と言うと?


「あ、ここでつまずく人いるんだ、って思いました。ハイ」


義理の弟というのは悪役令嬢界では比較的簡単な相手ということでしょうか?


「簡単っていうか、仲良くするだけ?じゃないですか?え?です……よね?相手は子供ですよ?殺し屋やロボットと違います」


アシュレイさんは作中で殺戮ロボットや王国の殺し屋を相手にされていましたね。


「はい。彼らより話は通じますよ。会話に失敗してもレーザー銃とか打ってこないから緊張しません(笑)えっと……バルバラさんの転生前は幼稚園生でしたっけ?」


大学生です。


「え、そうなんですか?なんかびっくりしちゃいました(笑)そもそも相手は傷付いた子供です。例え攻略対象でなくても優しくするべきですよね。ええ、人として当然です」


(2041年4月放送『女王様のブランチ 特別インタビュー 悪役令嬢に聞きたかったこと!』より一部抜粋)

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