義弟がムリしんどい





「バルバラさま」

「あっ、はい」

「ご気分がすぐれないのですか?」

「あっ、やっ、えと、大丈夫、です。お気遣いいただきありがとうございます、ッハイ」

「バルバラ様は王太子に緊張なさっているのかしら」

「ほほほ、お可愛らしいこと」


ドレイトン王太子に声をかけられハッとなり、バルバラは慌てて取り繕った。正直取り繕えていなかったが、周囲は王太子の前で緊張しているのだと勘違いした。


今日は婚約者であるドレイトン王太子との茶会である。

王太子は同い年。柔らかな金髪は宗教画の天使のようで、大きな瞳は空を閉じ込めたような青だった。

誰もが振り返る美少年だ。あと数年もたてば国中の女性達を虜にし、年を重ねていく様も美しいのだろうと思わせる美貌である。


しかしバルバラがぎこちないのは王太子がいるからではない。

ここ連日ストレスが溜まっていたのだ。寝不足で頭が回らずイライラする。

そのせいで彼女の頭の藤の花はシオシオになっていた。誰が見ても元気がないとわかる。


原因は義弟のアダンである。





アダンはバルバラによく懐いた。

グリシーヌ家に来た時の暗さはどこへやら、バルバラとの関わりの中で心を癒し、明るくなっていったのだ。

父も母も喜んだ。バルバラも「うまくいった」と思った。しかしそれは最初だけである。彼女は子供との関わりを舐めていた。


「おねえさま、おねえさま、あのね、あのね」

「アダン、どしたの?」

「なんかね、そこでね、お花がね、たくさん咲いててね、それでね、走って、僕走って、バーってあっちに行ったんだけど、走ったんだけど、転んじゃって、でも、痛くなくて」

「え、転んだの?!大丈夫?」

「大丈夫!痛くない!」

「痛くないの?すごいね、アダンは強いな〜。あたしだったら泣いちゃうわ〜」

「おねえさま泣いちゃうの?全然大丈夫だった!痛いかもしれないけど、この前のときは泣いちゃったかもしれないけど、全然大丈夫だった!僕は泣きませんでした!」

「ええ、泣かなかったの。すごいな〜アダンは。一応怪我ないか見てもらおうか」


小さい子供とお姉さんの会話。2人の年齢差は一歳だが、バルバラの精神は20歳超えなので普段の会話はこんな感じになる。


一見何も変哲のないやりとりであるが、バルバラは参っていた。


なぜならこれが一日中続くからだ。


アダンはバルバラに褒めて欲しくてず〜〜〜〜〜〜っと同じ言動・行動を繰り返すのだった。「それさっきも言ってたじゃん!」と思うようなことを何回も言い続ける。


しかし子供とはこういうものである。

結論や文脈のない話をたくさん繰り返すことで、少しずつ他人とのコミュニケーションを学んでいくのだ。


同じ年の子供なら精神年齢も近いし気にならなかっただろう。彼の親と同じ世代か子供が好きな人間なら、うまく対応ができただろう。


しかしバルバラは無理だった。彼女は忍耐力を前世の母親の子宮に置いてきてしまったので我慢ができない。


「半年に一回の親戚の集まりとかなら我慢もできたのに……」


バルバラは自分が子供になっていたため忘れていたが、そもそも子供が嫌いだった。


子供は延々と同じ話や同じ遊びを続けたり、唐突に抱きついてきたり、急に泣き出したりする。距離感や精神が大人とは違う。

「1人にして」と言ってもきかないし「やめて」と言ってもきかない。


一度だけ辛抱たまらず「マジでいい加減にして!」と声を荒げたら、アダンは1週間部屋から出てこなくなってしまった。

彼の意に反することをすると泣いたり部屋に閉じこもって出てこなくなったりする。


外側は明るくなったように見えても、中身はグラグラ不安定な積み木のようで、繊細に扱わなくてはならない。周囲が万全にサポートしなくてはならない。


バルバラは心に傷を負った子供と接することがどういうことかキチンと理解できていなかった。


「おねえさま、遊びましょう!」

「おねえさま、一緒にお食事しましょう!」

「おねえさま〜!」


転生前は、嫌なことがあればかおりに電話して朝まで話を聞いてもらえたのに。

アダンが来るから藤の木の下でサボれなくなった。ストレスの発散場所もない。


アダンの「おねえさま、あのね」を聞くたびにバルバラは憂鬱になった。 


「であれば、相手に直接伝えてみるのはどうですか?」

「えっ」

「誠心誠意話してみれば、きっと思いは伝わるはずですよ」


ドレイトン王太子は優しく、穏やかなトーンで話した。バルバラはいつのまにか彼に悩みを相談していたらしい。


「も、申し訳ございません、殿下。このようなこと」

「いいえ。あなたは僕の妻になるのですから、何か相談ごとがあれば話してほしいです」


彼は優しかった。妻になるバルバラが彼のサポートをしなければならない立場だというのに、こうして話を聞いて彼女の力になろうとしてくれているのだ。彼はまだ子供なのに優しくて落ち着きがある。


「ありがとうございます。その、話してみます」


ドレイトンはふわりと優しく微笑んだ。


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