義弟に好かれる



「すごい指の毛も薄紫だ!」


悪役令嬢は忙しい。

破滅を回避するためには、義弟の懐柔以外にもやることはたくさんある。


たとえばこの国の歴史の勉強とか魔法や剣術の習得とか。余裕があったらサバイバル術や農業、ビジネスに関する勉強もするとなおよろしい。


しかしバルバラは勉強に飽きていた。広い庭でうっすら生えた指の毛とかを眺めている。彼女は集中力が長く続かないのだ。


バラバラはコツコツ何かをするのが苦手で上記のように忍耐力もない。

高校生の頃の得意な科目は体育。かと言って身体能力が高いかと言うとそうではなく、クラスで3番目に足が速いとかそのレベルだ。勉強が苦手だったから。

ハル時代は机に向かって作業ができず、転生してからもそれは変わらない。


バルバラは休憩という名目で家庭教師の宿題をサボっていた。庭の一際大きな藤の木の根元で、寝転がって果物を食べたりダラダラする。


ただのサボりなのに、はらはらと散る藤の花びらの中でまどろむ美少女の姿はとても絵になった。


バルバラは少し成長してから自分の寝姿に見惚れる使用人達に気付く。


そして屋敷から庭を眺めたときに寝転んだ自分が美しく見えるポイントを探した。

人が見惚れるような寝姿であれば、万が一サボっていることがバレても強く怒られないと思ったのだ。

ちなみに、寝転んだ時にサマになるドレスも研究した。色々試した結果、ボリュームが控えめなエンパイアドレスが適していることに気づく。スカートの部分は柔らかめで光を反射する生地だと尚良い。


「あらあら、お嬢様ったらまたこんなところでお昼寝して」

「まるで絵画のような美しさだ」

「ウフフ、お花の妖精に攫われてしまいますよ」


といった具合である。バルバラは藤の下で寝たふりをしながらほくそ笑んだ。

彼女はサボりとか怠けることに関しては人一倍努力家であったのだ。





スマホがないと時間が経つのがゆっくりで、暇な状態にも飽きてきた。


バルバラは魔法で藤の花をいじる。成長させたり枯らせたり、色を紫から白に変えるなど、藤の花に関する簡単なことならできた。


これは最近教わったことで、英語でいう「ABCD」くらい簡単で基礎的なことだった。


暇をもてあました子供が砂に絵を描いたり雑草を引きちぎったりするのと同じだ。ほんの手遊びである。


パキン、と枝が折れる音がした。体を起こしてその方を見ると義弟のアダンがいる。すぐそばでおろおろしながら立っていた。


「お、びっくりしたアダンか。今日は部屋から出れたの?良かったね」


ウェイとハイタッチをしようと手のひらをかざすが、彼は目をうろうろさせるばかりだ。

バルバラは中途半端にあげた手のひらを閉じて下ろした。アダンの顔を見るも、下を向いてしまい黙ってしまった。


気まずい。


バルバラは再び体を寝かせ花と空を眺めることにした。

指を軽く動かして、藤の花の色を変える。スマホの画面をスライドさせるように指を右から左に動かすと、それに合わせて紫の花が真っ白になった。反対に動かすと紫に戻る。また動かすと白。それを繰り返す。


「ししし、し、しろ」


蚊の鳴くような声が聞こえた。アダンは先ほどと同じ位置に立っている。指を胸の前でいじりながらもじもじ声を出した。 


「ん?なに」


バルバラは首だけ動かして彼の方を見た。するとアダンはまた黙りこくってしまう。

バルバラはまた指で、白、紫、白、紫、と色を変えていると


「し、白の」


彼はまた声を上げた。先ほどより少し声は大きい。


「白?」


こくん、と小さく頷く。


「白好きなん?」


今度は頷かなかった。

バルバラは指を大きく動かして庭中の藤を白くした。

花達はウェーブを作るように色を変えていく。屋敷に這っている藤の花の色も変わったので、まるで建物が紫から白に塗り替えられたように見えた。声が出そうなほど美しい眺めである。

アダンも目を見開いていた。


彼は「は……」と息を吐き

「お、おかあさまと、同じ同じ色。きれい……」

「叔母さま?」


そういえば、とバルバラは家庭教師の授業を思い出す。

グリシーヌ家は紫家(しけ)と白家(はっけ)の2種類あり、バルバラの生まれた紫家は本家筋である。バルバラの父は紫家の当主で、アダンの母は白家の血筋の者だ。

白家の血が濃いと、髪や瞳は白くなるらしく、アダンの母親の髪色は白だったそうだ。


「よく見るとアダンの髪、紫がかった白だ」


彼の髪をちょいとつまむとアダンは固まった。


「目も白い!」


バルバラが顔を覗き込むと彼はパッと頭を逸らして目を合わせないようにした。


「あ、ごめ」

「………はん、はんぱ、だから」

「ん?」

「お、おねえさま、みたいに……じゃない」

「なんて?」

「おねえさま、みたいに、綺麗な藤色じゃない、から」


アダンは小さい体をさらに小さくしてつぶやく。

バルバラはこれにピンときた。この世界では、髪や瞳の色は一つの指標であり、重要視される。

体格の良い男性を見て「力が強そうだな」と思うのと同じように、赤髪の女性を見ると「炎の魔女なんだな」と判断する。色は魔力の力や資質を表していた。


グリシーヌ家は濃い藤色であればあるほど美しいという価値観がある。紫家の方が力が強いのもそのためだ。


アダンの髪は白みの強い薄紫。

紫家の価値観で育っていないバルバラからしたら美しい色だった。(何回ブリーチすればこんな繊細な色になるんだろう)と思っていた。

しかし彼は自分の髪色を気にしているらしい。


「 アダン、色は成長につれて変わるし、今から気にしなくてもいいんじゃない?」

「かわ、かわるの?」

「うん。家庭教師の先生が言ってた。それにたとえ変わらなくってもこれはこれで綺麗じゃない?あたし好き〜」


バルバラは何も考えずに笑った。


初めて人から言われた『好き』

彼はこれに雷に打たれたような衝撃を受けた。

アダン・グリシーヌはバルバラの笑顔を生涯夢に見ることになる。

うららかな午後の昼下がり、小鳥のさえずり、母と同じ白い花びらがハラハラと舞い落ちる中優しく微笑む義理の姉。

全てが幻想的で完璧で「神様から啓示を受けるのはこんな気持ちなんだろう」と彼は思った。


バルバラは「紫って200色あんねん」と鼻の下をこすりながら小ボケを挟んだが、彼は心ここにあらずだったので聞いていなかった。(そもそもアダンはアンミカを知らないのでちゃんと聞いていても何も言えない)


傷付いているときに人の愛情というのは染み込みやすい。

父母恋しさやさみしさ、憧れをないまぜにした曖昧な感情だったが、彼はこれを純愛だと信じた。


幼いアダンは幼いバルバラが大好きになったのだ。





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