義弟を諦める
「待ってむちゃ可愛い。これは1000年に一度の美少女だわ」
バルバラは鏡を見ながら呆けたようになった。目を引いたのは紫の瞳に紫の髪。
鏡に映った瞳は宝石のようで、光の加減で煌めいて見える。薄紫の長い髪は艶やかだ。髪には藤の花が絡まって生えていて、風が吹き髪が流れると花びらが散る。その画はさながらお伽話のようである。
グリシーヌ家は藤の花の妖精を祖としていて、この家の血を継ぐものはほとんどがこうなのだ。
バルバラの父の髪は綺麗な藤色で、叔父や祖父も同じ。肖像画に描かれた歴代当主たちも同様の見た目。つまりまじのガチのフェアリーテイルだ。
「中顔面のバランス完璧すぎん?ちゃおと同じ目の大きさだしハーマイオニーの幼少期くらい可愛い……これって大人になってもこの可愛さキープされる……よね?………」
将来のことを考えて、ふと東京の母のことを思い出した。
藤本ハルのときは、羞花閉月な美貌とは程遠いが自分の容姿は嫌いではなかった。大人になって自分に似合う化粧や服装もわかってきて、盛れる角度も日々研究して、snsにアップしたりしていた。
親戚には「会うたびにお母さんそっくりになっていくね」と言われるのは鬱陶しかったが、もう誰にも言われることがないと思うと寂しく思えた。
当たり前だが、バルバラには藤本母のおもかげはない。ただのおばさんにしか見えない母に似ていると言われるのはあんなに嫌だったのに……
「……まあ気にしてもしゃーないか!せっかくだし異世界堪能しよ。話のネタにもなるし」
バルバラは物事を深く考えることが苦手だったので、考えるのをやめた。
最初はこの世界のシナリオを知らないことにも不安があったが、正直知ってたところで何か自分にできると思わなかったので、なりゆきにまかせることにした。
ビジネスとかできる気がしないし。というか考えるのが面倒だったのだ。
大学も補欠で入れてどうにかなったし異世界でもきっとどうにかなる。彼女は人生に対してとても楽観的だった。
「まつ毛も紫!よく見るとおでこのうぶ毛も紫になってる!マジすごいかおりにLINEしよ〜」
友達のかおりに見せるために写真を撮ろうと思ってお尻を触りハッとした。ここは異世界でスマホはないし転生前の友達とは連絡は取れないのだ。
◯
「アダン、今日からここがあなたのお家よ。ほら義姉様に挨拶して」
「………」
「バルバラ・グリシーヌ、と申し、ます?あなたの姉になる、ります。よろしく」
母に促されるもアダンは動かない。その白い瞳を揺らすばかりである。
バルバラが先に挨拶をするが彼から返事はなかった。まあ子供だし、状況が状況だし仕方ないだろう。アダンは親が亡くなったばかりで憔悴しきっていた。
「よろしく」
ダメ押しで言うも、彼は乳母のスカートの裾をぎゅ、と握るだけだった。
その後もバルバラはアダンと接触を試みたが、彼の心は固く閉ざされたままだった。
命が惜しければ義理の弟には優しくしろ。
悪役令嬢界において、むやみに敵を作るのは御法度だ。
何が破滅につながるかわからない。特に義理の弟は要注意である。彼らに優しくするのはご飯を食べたら歯を磨こうと同じレベルの話。常識だ。
アダンは将来、ヒロインの攻略対象の1人となり、幼少期よりバルバラにつけられた心の傷をヒロインによって癒やされ、彼女に心を許すのだ。多分。そんでバルバラが吊し上げをくらうときになんやかんやヒロインに協力するのだ。
シナリオは不明だが、ハルがLINE漫画で読んだ悪役令嬢モノの漫画では大体そうだった。
「アダン、遊ぼう!」
「アダン、一緒にご飯たべよ〜」
「アダン〜!」
積極的に彼に関わろうとしたが、まともに口すら聞いてもらえなかった。ドアを叩いても開けてくれない。
彼女はこういう子供相手にどう対応すれば良いのかわからなかったのだ。
バルバラの転生前が、たとえば児童向け心理カウンセラーその道50年の大ベテランならば少し話はかわってきただろうが、彼女は転生前は普通の大学生だ。
しかも藤本ハルは他人への共感能力が低く傾聴も苦手としていたため、なかなか厳しかった。カウンセラー以前の問題だ。
「うーん。むりかも!」
というわけでバルバラはアダンの懐柔を諦めることにした。共感能力もなければ忍耐力もないのだった。
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