【悪役令嬢】婚約者と元カレを比較したらブチ切れられて食人族に嫁がされそうになって困ってます!ねえマジやばい(笑)
日曜日
義弟をいじめる幼少期
悪役令嬢に転生したらすること
「バルバラ・グリシーヌ!今日限りで君との婚約を破棄する!」
群衆が見守る中、バルバラは愛しの彼から婚約破棄を告げられた。彼女の口の中はカラカラに乾き、冷や汗が頭をつたう。頭から垂れ下がる藤の花は色褪せ、しおれていた。
「ドレイトン様、違うのです、これは……ッ」
何かの間違いだ、弁明をしなければ。そう思うのに口をつくのは言い訳のような言葉ばかり。
「気安く呼ぶな!」
「あっ」
すがるように手を伸ばすも呆気なくはたかれた。ぺちんとマヌケな音が鳴り、彼女の頭の藤の花びらが一枚落ちる。
「君の行った悪事の数々。証拠は出揃っているよ」
「バルバラ様、そんな……酷い……」
「なんて女だ」
「不敬罪だぞ」
「お、お姉様……」
美しい少女とその周りを囲むのは目も眩むような美男子達。
彼らはみなバルバラを睨みつけている。1人でも迫力があって恐ろしいというのに、複数人にだ。バルバラは萎縮した。観衆がいなければオシッコをちびっていただろう。
彼女は絶望の淵に立たされていた。
悪気はなかったのだ。ついうっかりというか、アレがまさかこんなことになるなんて思いもしなかったから。
◯
バルバラは「あれ?」と思って周りを見渡した。それから少し考えて「これは異世界転生だな」と自分に起きていることを理解した。
部屋はロココ調の調度品で統一されていて、身に纏っているのはクラシカルなドレス。杖を持って物を浮かしたりキラキラした粉の形を変えながら授業をする家庭教師。目の前には子供の頃夢見たお伽話の世界と同じ景色が広がっている。
グリシーヌ公爵家の一人娘、バルバラ・グリシーヌは、家庭教師の授業を受けながら舟を漕いでいた。
幼い少女にとって歴史の授業は退屈で、彼女の午睡を促しているように思える。意識が途切れた瞬間、前世の記憶が頭の中を駆け巡った。
藤本ハルは東京に住むどこにでもいる平凡な大学生だった。飲み会終わりの夜明け前。酔い覚ましに千鳥足で歩いて帰っている途中、トラックに轢かれ気付いたらここにいた。
井戸に落ちたら地獄に行くのと同じように、トラックに轢かれたら異世界に行く。これは日本の常識なので、藤本ハル改めバルバラは自分の状況をすぐに理解できた。
「バルバラ様、聞いていますか?」
目の吊り上がった家庭教師の声に我に帰った。口調は穏やかだが、確かな圧がある。
「あ、あ〜、鳥貴族?」
トラックに轢かれる前のことを考えていたため、頭の風景をそのまま口に出してしまった。家庭教師は彼女の柔らかい手をピシャリと叩いた。
「いた〜……体罰系教師かよ……」
叩かれ、赤く腫れ上がった手を撫でながら呟く。
授業が終わり、バルバラは自室のベッドの上にいた。
キングサイズのベッドの天井は藤棚のようになっていて紫の花が咲き乱れている。
ツルがベッド枠の4隅に垂れ下がり、天蓋がわりになっていた。それはとてもロマンチックで、妖精のお姫様になったような気がして胸がときめいた。
「異世界転生でも悪役令嬢モノだこれ」
しかし彼女の配役はお姫様ではなく、おそらく悪役令嬢だった。
なぜなら、最近叔父と叔母が事故で亡くなって、その一人息子が義理の弟として我が家に来るらしいからだ。来月には王族の婚約者とのお茶会があり、記憶が戻る前の彼女は癇癪を起こしまくり使用人に嫌われていた。目は吊り目がちで気が強そうで、8歳なのに笑い声が「オーッホッホッホ!」だしなんかもう役満だった。
(ついにあたしも……!)
今をときめく悪役令嬢。
彼女達は生まれながらにして宿命を背負っている。
女性向け恋愛シミュレーションゲームを華々しく飾るヴィランである彼女達は、主人公(ヒロイン)に悪事を暴かれ、パーティ的なところで吊し上げをくらい、社会的制裁を受けたり、最悪死んだりするのだ。
その破滅の未来から逃れるために、人間関係に気を遣ったり、お茶会や社交の場で頑張ったり、前世の知識を生かして商品開発をして事業を起こしたりする。
たくさん頑張って成功すれば、嫌いな奴をぎゃふん!と言わせることができてスッキリできたりなんやかんや皆に尊敬されたりイケメンと結ばれたりハーレムの主になれたり悠々自適なスローライフできたりする。
少女達が一度は夢見た華々しい未来が手に入る。
簡単に言えば悪役令嬢モノとはそういうものだ。
(あたしもついに悪役令嬢になっちゃったのかな〜!急すぎるな〜!聞いてないんだけどな〜!なんか素敵な魔法の世界でかっこいい人と結ばれたりしちゃったりしちゃったりして!うわ真面目に生きててよかった〜!)
バルバラは丸い頬を赤く染めながら、明るい未来を夢想する。しかしここで一つ大きな問題があった。
「てかこれ何のゲームだ?」
彼女はこの世界が原作のゲームをやっていなかったのだ。そもそもゲームはほとんどやらない。10年前にどうぶつの森をやってそれ以来である。
悪役令嬢というジャンルは漫画を通じて知っていた。
原作をやっていないということは、未来がわからないということ。これから来るであろう災厄がわからない。避けるべきトラブルがわからない。悪役令嬢モノにおける最大の強みがない。
バルバラはそれに気付いてサッと体温が下がる。海の真ん中に1人ぽつんと取り残された気持ちになり、思わずシーツをつかんだ。なめらかなシルクの感触が指に伝わる。
「大丈夫だよね。時間あるよね、まだ詰んでないよね……?」
自分に言い聞かせようと独りごちたが、口から出たのは舌ったらずな子供の声。それが彼女を余計に不安にさせるのだった。
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