義弟を木に吊るす





アダンと"話し合い"をしたあと、彼は1ヶ月部屋から出てこなかった。いつものやつだ。


父と母は2人の間に起こったことを知り、姉であるバルバラに謝罪を促したが、彼女は頑なに謝らなかった。

父母や乳母に謝罪を促されるたびにバルバラはイライラして、アダンの部屋の前に行き


「またオレなんかやっちゃいました〜!?」


と叫んだ。ついでにドアも蹴っておいた。

それはもう悪役ではなく悪である。


アダンは1ヶ月以上経ってから外に出られるようになった。彼はバルバラに会うと蛇のような目で彼女を睨みつけた。子供の睨みなのではたから見れば微笑ましいものだが、バルバラはこれにカチンときて


「は?何その目。言いたいことあるんなら言えば?」

「………」

「てか1人じゃ部屋から出れないわけ?テレサ(使用人)に無駄に仕事増やさせんなよ」


それを聞いてアダンはまたワーーーッ!と声をあげて泣き喚いた。使用人が慌てて彼を抱き抱えなだめる。

バルバラはアダンを泣かせたということで乳母に怒られた。



別の日。

バルバラが藤の木の下で寝ていると、ぱらり……と冷たい粉が顔にかかった。


「うわ、なにっ、ペッペッ」


びっくりして目を開けると子供のてのひらが目に入る。アダンがバルバラの顔に湿った土をかけたのだ。彼女の口と目に土が入った。


「最悪!目に入ったんだけど!」


左目を押さえながら文句を言う。彼は頬を赤くして「出ました!」と叫んだ。


「は?何?」

「ひ、1人!」

「はあ?」

「だからっ、だからっ、今日は1人でお部屋から、出ました!」


アダンはふふん!と大袈裟に胸を張る。

前にバルバラに「1人じゃ部屋から出られないわけ?」と言われたことを気にしていたのだ。彼は彼女に褒めて欲しいというより、やり返してやった!という気持ちの方が強かった。


「まあ!アダンは1人で部屋から出られるのね、わたくしが間違っていました。参りましたわ」


と言わせたかったのだが、相手はバルバラである。


「は?だから何?」

と彼の方を見むきもせずに吐き捨てた。バルバラは左目にまだ砂が入っていてそれを取るのに必死だったのだ。


アダンは「おねえさまが言ったんですよ!」と言おうとしたが、強く言い返されて涙がにじんだ。うまく言葉にならなくて「イッ、イッ、あっ、あうっ!」という泣き声になってしまう。


「もううるさい〜」


うまく言葉にできないのと、バルバラの反応が気に入らないのとでさらにストレスがたまった。発散方法がわからないので「ンア〜〜〜ッ!!」と声をあげてかわいく地団駄を踏む。しかしその地団駄も下手くそでぴょこぴょこ跳ねているように見えた。


「は、何その動き、踊ってんの?」

「ギーーーーーッッッ!!」

「よっこらふぉっくす歌ってやろうか?ほら踊ってみなよ、見てるから」

「ウギャーーーーーッッ!!」

「バルバラ様!!」


アダンはバルバラの言葉の意味は理解はできないが馬鹿にされていることはなんとなくわかっていた。眉が八の字になるし、乳母が見てないところで変顔をするからだ。

煽られるたびに彼は興奮して喉が枯れるまで泣き喚く。

アダンは使用人の腕の中でバタバタ暴れながら退場し、バルバラはまた乳母に怒られた。


そのあとも2人はことあるごとに揉めて喧嘩をした。

アダンはバルバラに口では敵わないので、彼女の庭の花を引っこ抜いたり、サボりを乳母にちくったりした。


そのたびにバルバラにやり返され泣かされた。魔法で藤の木にくくりつけられ逆さ吊りにされたり、大声で泣いているときに口をポンポン叩かれ「サイレンみたい」と笑っておちょくられたりした。



バルバラは怖いおねえさまだった。


しかし泣かされるとわかっていても、アダンはバルバラの後ろをついてまわった。ちょっかいを出しては怒られ、泣かされ、うざがられ、きまぐれに遊んでもらえた。


屋敷の大人たちは皆彼に優しかったが、アダンが求めていた愛情はもらえなかった。

自分を可哀想な子どもとして扱う彼らに対してかすかな抵抗感があったのだ。


子どもは敏感だ。バルバラにくっついていたのは、そういう大人たちの態度を無意識のうちに感じとっていたのだろう。

他に遊び相手もいない。


アダンは彼女の後ろを追いかけ、成長するにつれて悪い影響を受けていった。

成長した彼はバルバラの影響で貴族とは思えないほど口が悪くなる。一人称も「俺」になる。

公の場では貴族らしい振る舞いをするが、気心の知れた友人に姉のことを説明するときは「クソ姉」呼びであることから、彼ら姉弟の関係が察せられた。 






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