第16話 リフレッシュって大事だと思うんだ

「風が気持ちいいなぁ」


 これまで車や室内にいたからか、新鮮に感じる景色と自然。いや、実際知らない街並みなんだけどね。


 右を見ても左を見ても、知らない景色であり、自分が別世界にいることを再確認される気分になった。

 すぐにその気持ちを振り払う。

 今日はのんびりするって決めたからな。


「二人ともそんな周りをキョロキョロしてどうしたんだ?」


 俺の問いかけに、遥と柊さんはピタリと立ち止まり、お互いの顔を見合わせた。

 

「あなたを攫う人間がいないか警戒しているのですよ!」


 柊さんがまっすぐな目で答えた。


「いるわけないでしょ」


 俺は苦笑しながら答える。

 だってねぇ、こんな可愛くもない男を誘拐してどうするんだよ。身寄りもないんだから身代金だって払えないのに。


「男なんですから、そこら中に危険はあるんです!」

「そうだぞー、だから早く、ボクに貰われてくれ」

「貴方が話すとややこしくなるので黙って警戒をしてください!」


 横から会話に入ってきた遥に、厳しい言葉を飛ばした。

  

 あ、そっか。つい、いつもの常識で考えてしまう。なかなか慣れないね。

 それにしても過剰な気はするんだが……。

 

「分かってる。でも、君たちを信頼しているからね。必ず守ってくれるって」

「もちろんです。阿宮様の安全は私たちの最優先事項ですから」


 柊さんは真剣な表情になり、答える。

 

「そうだよ、阿宮くん。ボクたちがいる限り、絶対に安全だから安心するといいよ!」


 遥もニッコリと微笑んで言った。

 さすが警護官、頼もしいね。


 それにしても、やはり外だと視線がすごいな。

 歩くたび、すれ違う女性は驚いた様子で必ず振り返ってくる。

 これも貞操逆転世界の定めか……。慣れるしかないよなぁ、むず痒い感じがする。


 でも、結構マシになったんだよね。二人がいることで、一人で出た時よりは見られなくなった。

 

「それでどこに向かいますか?」

「いや? 特に決めてないよ」

「えっ!? どこか行きたいところがあって散歩を提案されたのではないのですか!?」


 柊さんが驚きの反応を見せる。


「うん、リフレッシュしたくて外に出たかっただけなんだ。どこかおすすめのところがあれば、行きたいけれど……」

「そ、そうでしたか……」

「だめだった?」

「いえ、ダメというわけではありませんが、一般的では無いと思い驚いただけです。これまですれ違った男性がいないでしょう?」


 確かに。

 でも、それは貞操逆転世界だし、男が少ないし当たり前なのでは? 

 

「当たり前と言えばそうですが、こうして男性が目的無しに出歩くことは滅多にありませんから」

「うん、てっきりどこかに行くものだと思っていたよ」


「そうなのか、なら、どこか行きたいところはある?」

「私は特に……今は警護官ですから」

「それならアウトレットに行こうよ。近くにあるし、ボクも服とか見たいから」


 真逆の答えをする二人。


「ほら、買い物をするとストレス発散になるっていうじゃない?」

「ですが、人混みに行くのは危険ですよ」

「でも、俺も服欲しかったんだよね。行かない?」

「……分かりました。決して一人で行動しないようにしてください。あと、万が一のためにGPSを持って行ってください」


 有無を言わさぬ口調で捲し立ててくる。

 そして俺はGPSの発信機を受け取った。


 


◆◆◆



 

 はぐれちゃった。てへっ。


 はい、散々言われていたのにやらかした人はここにいます。

 これが日本人の性なのかねぇ、『やるな、やるな』は『やれ』と。

 

 周囲を見渡すが、それらしき姿を見つけることができない。

 二人とも身長高いからすぐ見つかりそうなんだけど……。

 

 仕方なく俺は広場の噴水がある場所。その縁が座れるようになっていたため、座って待つことにした。


 それにしても美人な人が多いよな。

 どこを見ても顔立ちが整い、スラッとしたスタイルの人が目に入る。


 もうちょっと太ももがムチっとしてくれているとねぇ。その点、遥は適度に筋肉も付いていて、ムチっとしているところはしている。

 最高じゃないか。


 え、どこで知ったかって?

 この前、寝ていたら抱きついてきていた時だよ。


 普段は本人が目の前にいるからな。あまり考えることはないが、今は大丈夫。

 

 そうして二人を待っていると————。


「ねぇ、そこのお兄さん」


 顔を上げるとそこには二人の女性がいた。二人とも派手な髪色に派手な服。いかにもギャルといった印象だ。


「何か用ですか?」

「お兄さんが一人で座っているのが見えてねぇ」

「ここで何してるの?  こんなところで一人なんて、危ないよぉ?」


 間延びした語尾が鼻につく。が、警戒しつつも意図を探ろうと思い話を続けることに。


 まぁ、ただのナンパだろうけど。

 大方、一人で座ってる男を発見。警護官が居ないから、抵抗されても太刀打ちできるとでも考えたのかな?


 実に浅はかなり。

 これでも元運動部。結構鍛えてたつもりだ。


「知り合いと逸れてしまってね。待っているところなんだ」


 とりあえず、無難な回答を。


「そうなんですねぇ。ひどい人だね。それでね」

「私たち、暇なんですけどぉ〜。お兄さんとおしゃべりしたいなぁと思ってぇ、休めるところ行きませんか?」


 直球だな、おい。

 要はあれだろ? ヤらせろってやつ。


「お断りします」

「……ッ!?」

「チッ」


 まさか断られると思っていなかったのか、驚きの表情を浮かべる者と、思い通りにいかず舌打ちをする者。

 やっぱ、やべー人だろ、これ。


 一気に雰囲気が変わった気がする。


「下手に出てたらさぁ〜、お兄さん」

「ちょっと、舐めすぎなんじゃない〜?」


 君たち、急に性格変わったね。

 俺が返事を返さないのを怖気付いたと勘違いし、話を勝手に進めていく二人。


 そしてついには俺の手を掴み、強引に連れて行こうとしてくる。

 力で抵抗できるが……流石に嫌な奴とはいえ、殴るのはあんまりだしなぁ。と、そんなことを考えていると、人ごみの奥に待ってた人が見えた。


 わざと抵抗せずに「あぁ〜、連れてかれちゃう〜。助けて〜」と演技を入れてみることに。

 ……なんか楽しくなってきた。


 俺の演技を本当だと勘違いした二人は、気を良くしたのか調子に乗り始めた。

 そしてついに、遥と柊さんが彼女らの背後に立った。


 こりゃ、圧勝だな。


「何笑ってんだよっ」


 おっと、笑みが出ていたようだ。いっけね。


「ちょっと、お姉さん方。何をやっているんですか?」


 柊さんが威圧感があるような強い口調で言う。


「何って————連れて……え」

「嘘、なんで……」


 二人の姿を見て信じられないものを見たといった反応をする女たち。

 警護官がそんなに珍しいのかな。


「ボクの阿宮くんに危害を加えようとしたね? 許さない」

「同感です。はぐれてしまったのは私たちの不手際。しかし、男性へ強引に言い寄るのは看過できません」


 と言って、逃げようとする二人を地面に押さえつけて制圧した。

 カッケェ。


 二人の綺麗な動作から繰り出される技に、不覚にも、ときめいてしまった。

 

「大丈夫でしたかッ!」


 野次馬が通報していたのか、警備員がすぐに駆け寄って来たため二人は引き渡され、遥と柊さんが心配そうに向かってきた。

それにしても、結構しつこかったが……そんな連れて行かれるほどだったのか?


「すいません、私が目を離したばっかりに……」

「ボクも夢中になってて気が付かなかった。警護官失格だよ」

「俺も気を抜いて離れてしまった。お互い様だよ。それにちゃんと助けてくれたじゃん。かっこよかったよ、ありがとう」


 俺がお礼を言うと、二人は涙を浮かべた様子で抱きついてきた。


 その後、警察から事情聴取を受け、解放された時にはもうすぐ夕方といったくらいだった。 


「手を繋ご?」


 遥が俺に向けて手を出してくる。「もうあんな思いをするのも、はぐれるのも嫌」と続けて言ってきた。

 手を取り、繋ぐ。

 初めは握手するように繋いでいたのだが、いつの間にか恋人繋ぎに変えられていた。

 ちゃかりしてるなぁ。

 

 その時、空いた左手にもぬくもりを感じた。

 隣を見ると、正体は柊さんだった。


 しゃーないなぁ。

 今日はわがままに付き合ってもらったし。

 

 ところで今、俺、捕獲された宇宙人みたいになってない? 大丈夫そ?

 少し気恥ずかしさは残るものの、買い物を再開した。

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