第14話 ノルマ達成!

 しばらく車に揺られ、風景が次々と変わってゆく。

 そして、前方に駅が見えてきた頃、複数のビルが複合したような形の建物が現れた。

 入り口と思われる所には総合病院と書かれた看板が設置されている。


 ここか。

 大病院って言っていたけど、大学病院っぽい感じなんだな。

 俺が見たことのある病院を思い出す建物だった。


「ここですね」


 柊さんは進路を変更し、その中へ入る。そして地下駐車場へ。

 地下駐車場の中はがらんとして、車一台すらなく、異様な雰囲気が漂っている。


「一台も車が無いって、なんか不思議な光景だな」


 今は昼頃。病院であれば、患者も多く訪れる時間帯なのではないだろうか。

 それなのに一台も無いとは……。


「男性との接触を極力避けるって書いてあったし、搾精室までの動線に近づけないようにしているのかもね」

「そうでしょうね。この場所に止めるよう指定がありましたから」


 二人の言葉に俺は納得した。


「なるほど」


 そして車を止め、入り口へ向かう。

 さっきから女の人が立ってんだよな……。多分あそこに来いって言ってる気がする。


 白衣を着た医師が立っている。身長は俺と同じくらいだろうか、ボブカットにブラウンの髪色をしている。

 温和な印象を受ける垂れ目だ。


 遥と柊さんがスッと前に出てくれた。左右に立ってくれ、すぐに動けるようにしている。


「初めまして、ここの病院で搾精科所属の森と申します。本日はよろしくお願いいたします」


 首から下げた医療スタッフだと分かる証を見せながら、挨拶をしてきた。

 

「よろしくお願いします」


 自己紹介があったことで病院関係者だと分かり、警戒を解く二人。

 俺に続いて二人も挨拶を返した。


 森先生は警護官が警戒していたことに反応することなく、話を進める。

 日常茶飯事というか、当たり前の反応なのかもしれないな。

 見知らぬ人に会う時は警護官が前に出るってのは……。

 俺はそう感じた。


「それではこちらへお願いいたします」


 森先生の先導で、俺は遥と柊さんに挟まれながら進む。

 ……おい、どさくさに紛れて、くっつくんじゃない。


 表情を見ようと顔を上に上げるが、遥は素知らぬ顔で前を向いていた。が、時々チラチラ視線がこちらに向く。

 流石にここで声を上げるわけにもいかないし……放置するか……。

 警護官の業務はちゃんとやってくれるだろ。


 多分……。


 それから搾精科と書かれたフロアへ誰とも会うことなく着いた。


「こちらが搾精科のフロアになります。今回は完全個室にて行なっていただきますので、こちらにお願いしたします」


 振り返り、森先生が場所について説明した後、さらに奥へ進んで行った。


 本当に誰とも会わず、部屋まで行くことができるんだな。もちろん案内として一人は必要なのだろうが、それ以外の人が一切見当たらない。


「こちらです」

 

 森先生はドアを開け、俺たちを中へと促す。

 柊さんは少し頭を屈めて中に入る。

 そして、俺にちょっかいをかけてきながら、歩いていた遥はと言うと……。


 ゴツンッと鈍い音を周囲に響かせ、その場にしゃがみこんだ。


「いてっ」

「大丈夫?」


 ドアの上枠にぶつけてしまった。


「大丈夫大丈夫」


 おでこを撫でながら立つ遥。

 

 室内は広く、白を基調とした清潔感のある空間だった。ベンチがあり、奥に行くための扉がもう一つある。それだけの質素な空間だ。


「まず、ここで問診を行います。その後、隣の部屋へ移動していただき、搾精へ移っていただきます」


 と、次々説明されるのを聞いていく。

 問診があるのか。


 「次に搾精についてです。まず、警護官の方々はこちらで待機を。私は外の扉の前で待機しておりますので、終わりましたら呼んでいただくようお願いいたします」


 森先生は外で待機しているのか。

 で、警護官を一番近いところで守らせると。


「最後に搾精の手順ですが、こちらの容器に用意していただき、室内に備え付けられた入れ物にお入れいただければ終わりとなります」


 そして「ここまででご質問はありますでしょうか?」と問いかけてくる。


 ふと疑問に思ったことを聞いてみる。


「書類には、結果を送付するとありましたが……何の結果なのですか?」

「ああ、健康かはもちろん、確定した給付額もお知らせいたします」

「なるほど、ありがとうござます」


「他には何か?」

「特にありません、大丈夫です」

「では、始めさせていただければと思います」


 そして彼女は手元のタブレットを操作しながら、いくつかの質問をしてきた。体調や過去の病歴、最近の生活習慣など、健康かどうかをチェックする感じだろうか。


 問診が終わり、森先生が部屋から出る。その後、俺は隣の部屋へ入ろうとする。


「ねぇ……」

「何?」


 遥が話しかけてきた。

 なんか、目、ギラギラしてるぞ? どうしたよ。


「ボクがサポートしてあげてもいいんだよ?」


 流石に恥ずかしいわっ!


「やめなさいッ!」


 ペシっと柊さんに叩かれる遥。


「あイタっ」

「この人は私が押さえていますので、早く終わらしてください」


 動けないよう押さえつけられる遥さん。

 

「わ、わかった。ありがとう」


 柊さんが行動を封じている間に部屋に入り、施錠する。


 さてと……周囲を見渡す。

 机と椅子があり、机には採取するための物が置かれていた。


「始めるか」






 

 

 

 ————しばらくして、全ての手順が終了し、再び元の部屋に戻った。


 柊さんが森先生を呼びに行き、遥が駆け寄ってきた。


「お疲れ様〜」


 遥は労ってくれるも、自分がサポートできなかったことを残念に思っているようだった。

 また、心配するように「特に問題とかも無かった?」と聞いてきた。


「無かったよ」


 と、返した。

 そして森先生と、呼びに行った柊さんが戻ってきた。


「お疲れ様でした。結果は後日送付いたします」

「分かりました」


「それでは、駐車場までお送りいたします」


 そうして、俺たちは再び、戻ってきた。人っ子ひとりおらず、車も無い駐車場へ。


「さ、帰りましょうか」


 俺たちは車に乗り込み、柊さんがエンジンをかける。

 ……なぜ隣に遥がいる?


「ん? 今は後部座席に座りたい気分なんだ」


 柊さんに視線を向ける。

 諦めた様子で、前を見て、運転している。


 流石に運転中だし、暴れたりはしないだろう。まぁ、いいか。


 ……こうやって甘やかすからこうなったのか?

 ふとそんなことが頭をよぎる。


 ちょっかいをかけてくる遥へ適度に構ってあげつつ、外を眺めていると家へ到着した。

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