第12話 ねぇ、阿宮くん。何、見てるの?

「やっぱり、まずは男女比だよな。うーん、世界の男女比っと」

 

 俺は検索窓に打ち込む。そして、すぐに検索結果が画面に表示された。

 その中でも一際、目の引く見出しを発見する。

 『日本の男女比が1:100にまで!? これから一体どうなるのか!』と書かれており、どうやらニュースのまとめ記事のようだ。


「日本の男女比は1:100……。ひゃくぅぅ!?!? そ、そんなに差ができてるのか。頭が痛くなるよ……」


 せいぜい20とかだろと思っていた俺は、想像以上の差に声をあげて驚いた。

 現実逃避もしたくなる差だよ。これは……。

 

 記事を読み進める中で、社会的な影響についても触れられていることに俺は気づいた。

 その中でも、どうして男女比が偏ってしまったのか、いつから偏ったのか、についても書かれているようだ。


「男女比が偏った理由としては……。ふむ、20世紀辺りに流行ったウイルスのせいのようだな」


 記事には、

 『20世紀始めに流行ったウイルス。しかし、感染しても特に影響はなかった。それからしばらく経ち、突然出生率が激減し始めた』

 『このウイルスは遺伝子に影響し、正常な雄個体にしか存在しないY染色体、それを消滅させる力を持っていた。これにより世代を追うごとに男性は減少し、相対的に女性が増える結果となった。現在では対抗できるワクチンの研究が進み、ウイルス自体は根絶に成功した。だが、無くなった染色体が戻るはずもなく……』


 などと書かれている。

 

「ウイルスが原因だったのか」


 こんなものは俺の世界に無かった。

 それにしてもこれは人為的に引き起こされたのか、自然の産物なのか……そこで論争が巻き起こりそうだな。

 そう考え調べてみると、案の定、人為的に引き起こされたと特定の国を批判する意見や、科学的な考えに基づいた意見が表示された。


「どこの世界でもこういうのはあるんだなぁ」


 と、検索結果をスクロールしていたとき、 興味深い論文が目に留まった。

 タイトルは『男女比の偏りとその社会的影響』とあり、詳細にはこれからの社会構造や家庭の在り方、労働市場の変動についても言及されているようだ。


「ふむふむ……。————ッ、一夫多妻制!?!?」


 驚きのあまり大きな声を出してしまった。

 なんとなく、後ろを確認した。

 特にやましいことをしているわけではないんだが……何でだろうね。この不安感。

 

「『偏った男女比により、婚姻制度の見直しが進む。複数の女性が一人の男性と婚姻する形態が一般的になりつつある。また、労働市場では女性の進出が急速に進んだため————』と……」

 

 でも、過去聞いた通りだと、男性はあまり世に進出しなくなり、女性に対して恐怖や傲慢と二極化するようになったらしいじゃないか。

 この状況で重婚化したとしてどうなんだ? いや、そもそも出会い自体がないから、結婚できるだけいいと考える人が多いのか?


 また、 スポーツに関しては完全に女性のみとなっていた。

 逆に雑誌などのモデルでは男性の方が圧倒的な数を誇っている。


「結構、変化しているところがあるね」


 まぁ、大体わかったしこのくらいにしよう。深く考えると余計分からなくなりそうだ。

 

 さてと、次は明るい話題でも調べようかな?

 

 ……MiiTubeミーチューブとか動画配信サイトはどうなっているんだろう。

 前からよく見ていたこともあり、気になったため検索してみることに。


 出てくるサムネには女性しか映っていない。しかし、ゲーム実況や雑談、実写系などジャンルは様々。

 どうやら男女比は狂ったが、動画の内容までは影響を受けてないようだ。


 影響といえば、男性が出ていないことだろうか。

 それにしても普通に女性が胸を出してるんだが……? というかビーチの動画では上裸もチラホラいるな。もちろん、ビキニもいるが。


 こんなところも変わっていたとは。

 

「そうだ、Vtuberはどうなんだろう」


 知ってる男性Vtuberの名前を入れてみる。が、関連が表示されるだけで一致するチャンネルは見つからなかった。


「まじか」


 その中でも特に人気のジャンルがあるようだ。

 これだけ再生数が一桁違うぞ。


 それらには『男装Vtuber』というタグがつけられていた。


 興味が湧いた俺は、「男装Vtuber」というタグのついた動画をいくつかクリックしてみた。

 画面に映し出されたのは、男性アバターで配信している様子で、声も低く落ち着いたトーンで話している。たまにボイスチェンジャーを使っている動画もあるようだ。


「なるほど、これが人気の理由か」


 動画のコメント欄には、多くの視聴者が男装Vtuberを称賛するコメントを残している。

 男性が少ない社会だからこそ、こうした男装Vtuberが一種の代替品として求められているのかもしれないな。


 そしてスクロールしていっているとうっかり、一つの配信をタップしてしまった。

 スマホから配信の音声が流れ始める。


「皆さん、こんにちは! 今日は—————」


 ついでに見てみようと思い、見ていると、ふいに背後から覗き込む視線を感じた。

 

「ねぇ、阿宮くん。何見てるの?」


 瞬間、後ろから声が聞こえてきた。それも聞き覚えのある声、遥さんだ。


「うわっ! びっくりしたぁ……」


 集中して見ていたこともあり、突然の出来事に俺は大きな声を上げてしまった。

 振り返ると、遥さんがスマホの画面に興味津々で目を向けていた……というよりもこれは……嫉妬か?

 スマホと俺を交互に見るように視線を動かしている。

 そして配信者が女性とわかるやいなや、美しく吸い込まれるような碧眼の瞳からハイライトが消えてゆく。

 

 ちょっと待て、目からハイライトを消すな。

 配信に嫉妬しているのか? ただ見てるだけだって!


「脅かさないでよ〜。MiiTubeだよ。Vtuberってやつ。流行りとか調べておこうと思ってね」

「なーんだ、ボクはてっきり夢中になっているのかと思ったよ」


 誤解が解け、平常運転に戻ってくれた。

 何気に遥、ヤンデレ気質があるのかな……? 

 

「違うよ! 調べ物をしていただけ。これも男性が少ないから、こういう形で需要があるのかな?」

「そうだろう。出会いがないからこそ、幻想でも求めるもんだ。まぁ、ボクは? 阿宮くんがいるから見ることはないけどね!」

「あはは……」

「なんだい、ボクのこと嫌いなのかい?」

「いや、そういうわけではないよ」

「ならいいじゃないか!」


 遥さんの冗談混じりの言葉に、俺は困惑しながらも少し嬉しい気持ちになった。

 確かに、男性が少ないからこそ、こうした男装Vtuberが一種の代替品として求められているのかもしれない。でも、現実の人間関係の方が大事だと思うし。


「なっ!」


 スッと手慣れた手つきで腕を首に回してくる。

 護衛としてそれはどうなんだ……。呆れた気持ちになるが、別にまんざらでもないので抵抗しないことにする。

 今回はソファに連れて行かれ、膝に乗せられた。


 え? そこは抱きつく流れちゃいますの?


「えへへぇ」


 何その蕩けた表情は、護衛がしていい表情じゃないと思いますよ!

 すると遥はおもむろに俺の首筋に顔を押し当ててきた。その影響で当たっていた胸が離れる。


「あぁ……。ってちょっと待て、吸うな吸うなっ!」


 なんか、後ろからスーハー聞こえてくるんですけどー!

 瞬間、リビングの扉が勢いよく開き、柊さんが入ってきた。

 

「黒龍さん、急に飛び出してどうしたのですか!」


 どうやら遥は何も伝えずにこっちに来たようだ。


「——ッ!? なんと破廉恥なっ」


 頬を赤くし、背ける柊さん。

 

「今、助けますよ!」

「あ、お構いなく」

「……え」


 信じられないといった目でこっちを見てくる。

 まるで「そんな男がいるか」と言いたげな。


「ほんとにほんとに、気にしなくていいよ〜」

 

 俺は脱力し、リラックスした手を振りながら柊さんに言った。

 実際、遥にされていることがそこまで嫌ではなかった。むしろ、ちょっと嬉しいくらいだ。


 柊さんはその言葉に困惑した表情を浮かべながらも、一旦引き下がることにしたようだ。


「……分かりました。しかし、私もここにいさせてもらいます」

「うん」


 そう話していると、不意に遥が話しかけてきた。


 「ねぇ、阿宮くん」


 その声はいつもよりも少し低く、真剣な感じがした。


「何?」

「君はボクを捨てないでね。ずっと一緒にいようね」

「ああ」


 気恥ずかしい気持ちになりつつも返事を返すが、いつもなら返ってくる返事がない。

 振り向こうか考えていると寝息が聞こえてきた。


「全く……警護官失格では……」


 ため息を吐きつつ、柊さんが回収していく。


「あ、できればでいいのですが、私もずっと一緒に居たいです」


 そう言い残し、俺に返答の隙を与えるまもなく、柊さんは戻っていった。


「えっ」


 予想外の言葉に俺はすぐ言葉を返せず、固まってしまっていた。

 

「柊さんとも結構、距離縮まった……のかな?」


 俺はしばらくの間、柊さんの言葉を反芻しながら考え込んだ。

 いや、二人のあれはもはや……告白に近いのでは? 自意識過剰か?


 あぁ、モヤモヤするぅ。かといって問いただす勇気はない……。気恥ずかしさが勝ってしまう。


 ……一旦、落ち着こう。

 うん、今日はもうゆっくりしよう。


 そう考えることにし、ソファに寝転び、意識を手放した。

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