第10話 遥との共同生活開始!? そして柊 真帆

「あれ、契約書に書いてたと思うけど?」


 えっ。そんな、見落としていたのか?


「君は本当に警戒心が足りないね……」


 遥さんはため息をつきながら呟いた。


「すみません……」

「これじゃ、いつか悪い女に騙されそうで心配だよ……。そうなる前にボクが貰っちゃっても良いんだよ?」

「えっ……?」


 驚いた表情を見せると、遥さんはいたずらっぽく笑った。


「冗談だよ。でも、本当に君はもう少し警戒心を持つべきだ。これから一緒に住むことで、そういうところも教えてあげるよ」


 それからしばらくは会話も無く、外を眺めながら車に揺られていた。


「着いたよ」

「ありがとうございます」


 いつの間にかマンションに着いていた。

 遥さんに感謝を伝え、車から降りる。

 

「ああ。あと、敬語は禁止だ。ボクの雇い主なのに敬語はおかしいだろう。それに男性に畏まられるなんて経験は無い、とてもやりずらい」


 先に降りていた遥さんに改善してくれと言われた。

 確かに。

 俺も納得するところはあった。それに畏まられることはない……か。この世界の男は結構傲慢というか、偉そうなのか?

 まだ、一人だけの意見だから確信するには早計か。

 

「わかり……わかった。無くせるよう頑張るよ」

「そうしてくれ」


 と言いつつ、笑顔でサムズアップする遥さん。

 それから俺は慣れた手順で扉を開き、エレベーターへ乗る。そして家へ到着した。


 家に入ると、しばらくの間静寂が続いた。

 部屋の中は普段と変わらないが、遥さんが一緒に住むという事実に少し緊張していた。

 そもそも備え付けのものしかないけど。


「結構広いねぇ」


 おおー、と声が漏れている遥さん。


「環境が変わるから、初めは慣れないかもしれないかな?」

「大丈夫だよ。必要なものは郵送されてくる。それにここでの生活を楽しみにしてるからね」

「楽しみにしてる?」


「ああ!。君との共同生活……ボクは警護官だからね、職務を全うするさ。しかし、男子との一つ屋根の下、何もないはずがなく……!」


 両手を広げ、興奮した様子で言う遥さん。


 ……よし、放っておこう。


「ひどいじゃないか、あのまま廊下に放置するなんて」


 自らの世界から帰ってきた遥さんが愚痴を吐く。

 声かけたら厄介そうだったんだもん……。


「じゃあ、これからよろしく」

「こちらこそ、よろしくね」



 ◆◆◆


 阿宮が寝室に入った後。

 

「ふふっ、勘違いしてるみたいだからそのままでいいか……。一緒の階にいればいいだけなのにね」


 ボクは一度も同じ部屋で暮らすとは言ってないのにね。

 確かに言い回しはそう感じられるものもあっただろう。しかし、これすら疑問に思わないとは、彼は一体なんだろうね。

 まぁ、ボクにとっては好都合なんだけど。


 ああ、笑みが止まらないよ!

 このまま、既成事実を作って結婚まで……。いや、まだ早いか?


 今まで担当してきた男は皆、高身長に怯えるばかりだった。それどころか、身長だけで「怖い」や「襲われる」なんて言われたこともあったっけ?

 それが彼ときたら、一切嫌悪の感情すら向けてこない。それどころかあれは好意……ううん、情欲かな?

 

 バレてないと思っているのか、チラチラ胸に視線が動いているのに気づいた時は、言い表せない感情が押し寄せてきたよ。


 こんなことは初めてだよ。

 ああ、思い出してゾクゾクする……ッ!

 

「徐々に周りから固めていって……ふふふ」

 


 

◆◆◆


 

 次の日。

 日の明かりで目が覚めた。

 ……特に異常は無さそうだな。


 リビングへ出ると遥さんがすでに起きていた。そして朝食の用意をしているようだった。


「お! 起きたか、おはよう!」


 俺に気付き、挨拶をしてきた。俺もそれに「おはよう」と返す。


「さっき、警察の方から連絡があったよ。柊は昼頃にくるらしい」

「昼頃か。お、ありがとう」


 キッチンのそばにあるテーブルに朝食を出してくれた。俺は遥さんに感謝の言葉を伝える。


「どうってことはないさ。しっかし、ここのキッチンはボクの身長でもちょうどいいくらいで楽だね」


 キッチンに手を置き、見渡しながら言った。

 確かに、俺もそこまでやりずらさを感じることはなかったな。


「確かに。男性専用って言っていたし、また別の基準があるのかも?」

「そうかもね」


 そう話しつつ、トーストを頬張る。

 外はカリッと中はふわっとしていてとても美味しい。


「そういえば、家に食材が何もなかったから買ってきたよ」

「あっ、そうだった。ありがとう」

「これでどう生活していたのか、ボクは疑問だよ」

「あはは……」


 別世界にいたから数日しか過ごしてない、なんて言えねぇ……。


 そうして朝食を食べ、今後のことについて話しているとあっという間に11時になった。


 俺と遥は一息つこうとくつろいでいると、インターホンが鳴った。


「お、来たのかな?」

「だと思うよ。ボク出てくるね」

「お願い」


 遥は画面で誰が来たのか確認しに行った。


「柊さんだよー。入れていいかい?」

「いいよー!」


 聞こえてきた遥の軽快な声に返事をした。


「鍵開けたからもうすぐ上がってくると思うよ」


 そう話しながら戻ってきた。


「了解」


 と言ってるうちに今度は部屋のインターホンが鳴った。


「きたきた。ボク開けてくるよ」

「はーい」


 さっきから遥に行かせているがこれも決まりなのだ。

 不審者の可能性があるため『見知った人であろうと玄関先での応対は警護官が行うこと』と男性保護法にて定められている。

 だから決して顎で使ってるわけではない。


「待ってたよー」

「お邪魔します」


 と二人の声が聞こえてきた。


「初めまして、ひいらぎ 真帆まほと申します。今回は警護官に指名いただきありがとうございます。誠心誠意努めさせていただきます」

「初めまして、柊さん。よく来てくれたね。そんなに畏まらなくていいよ」


 想像以上に丁寧な人が来た。


 写真は道着だったが、今日はスーツに身を包み、凛とした佇まいで着こなしていた。黒髪はしなやかに後ろで一つにまとめられ、ポニーテールが揺れるたびに光を反射して美しく輝いている。そして黒い目、それはまるで相手の心を見透かすような鋭さを持っているが、どこか優しさも感じられるものだった。


 なんでこう会う人会う人俺より身長高いんですかね。いやじゃないけどさ。


 俺は友好にと握手のため、手を差し出す。


 それに困惑の色を見せる柊さん。しかし、すぐに冷静な表情に戻り「男性がみだりに女性とスキンシップを取ってはいけません」と言った。


「お堅いなぁ」


 隣で遥がそう呟く。


「あなたは緩すぎるんです! ッ!?!? なんで抱きつく必要があるんですか! そしてあなたも抵抗せずなされるがままにしないでください」


 目を白黒させ、驚いた様子で声を荒げる柊さん。

 ……もう慣れたよね。遥のスキンシップは。


「別に嫌なわけでもないし、断る必要もないかなって……」

「ほらぁ」


 こいつもこう言ってるぞ? と伝えたげな言動をする遥。

 

「……なぜだか、今後の苦労が見えた気がします」


 こめかみに手を当て、困った様子の柊さん。

 

「大丈夫、慣れるさ。ボクも協力するよ!」

「あなたが一番の原因なんです!」


 うん、険悪な雰囲気でもないし、なんだかんだ仲良くやっていけそうだね。

 言い争っている姿を見て、俺はそう感じた。

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