第9話 義務

「目的としてはまず少子化対策、これ以上の男女比崩壊を防ぐ必要がある。また、男性との出会いの無い女性のため、女性同士の家族などへ提供することを目的とした精子の採取です。っと、ここまではよろしいですか?」

「はい」


 やっぱり、これが一番現実味無いよね……。

 少子化対策、男女比の崩壊か……。


「そしてこれは専門的な機関のある大病院でのみ行います」 


 なるほど。


「また、安全には最大限、気を配っております。具体的には一般の患者は立ち入れない区域に指定、職員であっても対応中は入れないようになっております。入り口には二人一組で警護人を配備し、入る際は生体認証など万全のセキュリティ体制を敷いています」

「侵入者には発砲許可が出ているしな」

「ええ」

「ボクも銃の扱いは得意だよ」

「そんな簡単に発砲できるんですか……」


「男性の安全が脅かされる、採取した精子が奪われること。搾精科で最もあってはならないことですからね。ほぼ全てが現場の判断に委ねられています」


 指を二本たて話す姿は真剣そのものもだった。


「それもそうか。無防備になる場所で犯罪なんて起きたら……」

「ええ、義務と言おうが誰も提供してくれなくなるでしょう。そのため、刑務所よりも銀行よりも厳重な警備を敷いています」


 想像以上に厳重な警備を敷いているな。

 

「そして基本的には部屋に一人で入ってもらい、用意していただきます」

 

 まぁ、納得ではある。安全面としても他人がそばにいるよりはいいのか。

 頷いて話を聞く。


「また、精子の採取が完了した後も厳重なセキュリティ体制が続きます。採取した精子は即座に特定の冷凍保存室に運ばれ、その部屋もまた生体認証でのみアクセスが可能です」


「まるでスパイ映画だ」


 俺はそう感じた。


「過去に搾精後の精子を盗んだ職員もいたからな」

「ああ、ニュースになってるのを見たことがあるよ」

「やっぱりそういうことも起こるんだ」

「そうですね。女の性とでも言い表せばいいのでしょうか‥‥とにかく、そんなことがあったので厳重な警備になっています」


「あとは肝心の報酬についてですね」


 橘さん資料をめくり、こちらに提示した。


 お、来た!


「ついに、一番気になっていたところだよ」

「そうなの?」


 黒龍さんが聞いてきた。


「そうそう、今、俺って警察から借りてるお金で生活しているからね……。収入源が必要だったんだ。働こうとしたら何故か止められるし」


 ほんと、みんな必死で止めてきたよね。


「まず、基本報酬は採取1回ごとに50万円です。それに加えて、精子の質が高ければボーナスが出ます」

 

「質?」

 

 「ええ、例えば精子の運動率が高い場合や、遺伝的に優れた特性がある場合などですね。また、定期的に提供していただける方には別途のボーナスも用意しています」

 

「ほほう……。ボーナスですか。」


「ただし、採取には一定の条件があり、事前に詳細な健康診断と心理評価を受けていただく必要があります。その結果によっては、採取ができない場合もあります」


 橘さんは最後に「まぁ、基本的に認められない場合なんてありませんが」と笑って付け加えた。

 

「さて、これで大体の説明は終わりですが、他に質問はありますか?」


「その……提供後について俺は何かする必要があったりするんですか?」

「いえ、特にありません。採取までで終わりです。その後は専門機関に任せていただく形になります」

「なるほど」

「」


「他にはありますか?」

「もう大丈夫です」

「かしこまりました。それでは手続きの準備を進めますので、こちらの書類にサインをお願いします」


 と、橘さんは申請書と書かれた紙を差し出してきた。

 俺は慎重に内容を確認し、サインをした。


「これで準備完了ですね。お疲れ様でした」

「ああ〜、疲れたぁ!」


 凝った身体をほぐすため手を上に伸ばす。


 伸ばし終え、周りを見ると三人は何故か赤面していた。

 ……なんで全員赤面してんだ?


「どうしたんですか?」

「やっぱり君、警戒心が足りないよね」

「ええ、これは言い訳もできませんね」

「ああ、私も同感だ」


 三人だけで話してる。

 寂しいよ?

 それにしてもなんの事だろうか。

 

「ええ……? 一体なんのことを言ってるんですか?」

「君、まさかインナーシャツを着ていなかったとはね」


 信じられないといった様子で黒龍さんが言ってくる。

 インナーシャツ? そういえば今日は着てないけど……。


「洗濯に出してて無いんですよね。まだ、一着しか持ってないので。それに着ていなくたって問題ないのでは?」


 言ってる意味がわからない。なんでそんな驚く反応になるんだ?

 インナーを着ていない……肌が見えたってことだよな? 凝りを伸ばした時に、服が上がって腹が見えたとかそういう?


 ……もしかしてさ、もしかするとだよ? 服装の価値観とかも逆転してたりする?

 そんな考えがふと俺の頭をよぎった。


 どうやって確認しようか……。


「Tシャツ1枚しか素肌を守るものがないだなんて。君、それはボクを誘ってるのかい?」


 あ、確認するまでもないですわ。

 黒龍さんの反応で察しが付いた。ギラついた目になってますわぁ。


「そうですよ。何度も言いますが女は獣なんですからね?」

「ま、襲われてもいいってならそのままでもいいだろうけどなぁ」


「流石に見ず知らずの人は嫌……かな」


「はぁ……そういう反応をして、はっきり嫌と言わないところとかですよ」


 警戒心が足りないと言いたげに橘さんに言われる。

 だってねぇ、出会う人皆、美人なんだし……知り合いならウェルカムだが?

 声に出しては言わないけど。

 

「その辺は黒龍さんに任せるとして、今日はこれで解散にしたいと思います。本日は御足労頂きありがとうございました」


 お、終わりですか!

 

「あ、搾精に関しては万全の状態じゃないとダメだから、もう1人の警護人である柊との対面後にやる予定だ。また連絡が行くと思う」


 山口さんから搾精について、いつくらいになるか伝えられる。

「わかりましたー!」


「それでは帰りは黒龍さんに担当してもらいましょうか。私たちはこれで」

「え、私はもう送れないのか……?」


 なにやら絶望が訪れた顔で橘さんを見つめる山口さん。


「そうですよ。元々、警護官がいないから私たちが迎えに上がっていたんです。警護官が就いた今、する必要はないじゃないですか」

「それはそうだがよぉ……」


 歯切れの悪い返事をする山口さん。


「もうお役御免だよ。あとはボクに任せるんだね」


 目を細めフッと微笑み、落ち込む山口さんに追い打ちの言葉をかけた。

 これが女のバトルってやつか……?


 そのうち、山口さんは引きずられて橘さんと共に去っていった。


「じゃ、ボクたちも帰ろうか」


 ニコッと笑い黒龍さんはそう言った。

 そして「専用の車があるからね。駐車場まで行くよ」と続けた。

 

「はい」


 

◆◆◆


 

 車中にて。

 「目立つから助手席には乗るな」と言われ、後部座席に座っている。

 

 ふとスマホを開くと、橘さんからメールが届いていた。

 どうやら明日、柊さんが家に来ることになったようだった。


「黒龍さん」

「ん? なんだい?」

「明日、柊さんが来るみたいです」

「おお、そうか。分かったよ。それと――――ボクのことは遥と呼んでほしいな。せめて、苗字さん付けは無しで。」


 「雇い主なんだからさ」と付け加えて言った。


「……わかりました。遥さん」


 俺がそういうと、ルームミラー越しに満足そうに微笑む遥さんの顔が見えた。


「及第点だが……まぁ、名前を呼んでくれたしよしとしよう」


 うんうんと頷きながらそう言った。

 俺は視線を外に向けると、綺麗な夜景が広がっていた。

 それをしばらく眺めていた時、疑問が浮かんできた。

 

「そういえば、遥さんは毎日家に通勤するんですか?」

「いいや? 一緒に住むよ?」


 黒龍さんは、さも当たり前だと考えているように言った。

 

「え……ええーーーーーーッ!!!!」


 



—————————————————————

あとがき

 

 この辺りの表現、気をつけないとお上に怒られそうですね……。

回りくどかったらすいません。

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