第6話 騒がしい日常

「そんなことがあったのか……」


 説明を聞き終わり、涼と呼ばれた女性は驚いた反応を見せる。


「苦労したんだなぁ!」


 大袈裟とも呼べるリアクションをし、俺の肩に腕を回して組んできた。


「涼っ! セクハラはダメですよ!」

 

「ええー、良いじゃんかよ。こいつも嫌がる素振り見せてねぇし。なっ?」

「はい、お構いなく」

 

 だって、美人な人が肩を組んでくるんだよ? 振り解く理由が無いよ。あと、身長差のおかげか当たってるんだよね〜。

 役得、役得〜。


「で、話を元に戻そう。今、無一文なんだろ? よし、ここはオレが一肌脱ごうじゃないか!」


「残念。もう無一文ではありませんでした」

「なに、そうなのか!?」

「そうですね。貸与って形ですけど警察から借りました」

「マジかぁ……」


 残念そうに肩を落とす涼さん。

 そんな落ち込むことなのか……?


「どうせ、海くんに気に入ってもらおうとか考えてたんでしょ〜」

「そんなことっ! ……ちょ、ちょっとはあったけどさぁ」


 あったのかい。


「だって、これまで男子と関わったことなんて無かったし……」


 涼さんは少し恥ずかしそうに目をそらした。なんだか意外な一面を見た気がする。

 いや、貞操逆転世界だと大多数がこうなのか?


「それに、君みたいな人と話す機会なんてなかったからさ、ちょっと舞い上がっちゃったかも」

「なるほどねぇ……涼らしくない感じだもんね〜。写真撮ってグループに上げちゃお」

「お、おい! 待てって!」


 止めに入るのも虚しく、カシャっとシャッターが切られた。


「おい、ホントに上げたのか?」

「うん。ほら、もう既読付いたよ」


 こちらに向けてきたスマホの画面には、先ほど撮ったであろう涼さんの写真がトーク画面に表示されていた。

 

「『普段は男勝りな感じなのに、こんな顔するなんて何があったんだ?』だってさ」

「よりによって遥の奴じゃねぇかよ……」


 羞恥に苛まれる様子で崩れ落ちる。

 どう慰めたらいいのだろうか……。反応できずに俺は呆然と、コーヒーを飲んでいた。

 ある意味、落ち着いていたかもしれない。

 

「はぁ、諦めよう。あいつらのはずかしい写真を撮って仕返ししてやる。どうせ男子に会えば、あいつらもオレと同じ反応するだろ!」

「確かにね。私も初めは驚いたし」


「ところでさ……話変わるんだが、名前聞いていいか?」

「あみ———「阿宮 海くんよ」」


 俺の言葉に被せて、知っていることを自慢するかのように成瀬さんが答えた。

 

「なんで鈴華が答えるんだよ。オレは彼に聞いてるんだ!」

「あら、そうだったの?」


 あっけらかんとした様子で返事する成瀬さん。

 あれか? 「私は知ってるけど?」って自慢したかったんかな。そして「はぁ?」と怒りと困惑が混ざったような表情をする涼さん。

 涼さん怒ってらぁ……。

 

「まぁまぁ、涼さんも落ち着いてください……」


 俺がそう言った瞬間、二人がこちらを見た。


「今……」

「私は名前で呼んでくれないのに……涼は名前呼びだなんて……ッ!」


 シクシクと明らかに演技なのが分かる仕草をする成瀬さん。

 

「よっしゃ、勝った」


 こっちはこっちでなんか喜んでるし。

 二人とも情緒がおかしいよ。


「なんで……」


 やばい、闇落ちしそう。成瀬さんこんなキャラだっけ?

 

「だって、涼さんの苗字知らないんだもの……」

 

 成瀬さんは涼って呼んでるし……名乗られてないしねぇ。

 仕方ない。そう、これは仕方のないことなんだ。


「しまった。私が名前で呼んだから……」

「やっちまったねぇ」


 ニヤニヤしながら煽る涼さん。


「この馬鹿は来栖 涼。いつもこんな感じなんだよね……」


 冷静になったのか、呆れた口調で涼さんを紹介してくれる。

 苗字は来栖っていうんだ。


「馬鹿って言った方が馬鹿なんだよーだ!」

「……ほらね」


 こういうところだ、と言わんばかりに涼さんを指差している。


「そんなことよりさ! 海はこれからどうするんだ?」

「そうですね……」


 俺も考えていなかった今後のことを聞かれ、少し言葉が続かなくなってしまう。

 そうして悩んでいる時、着信音が喫茶店に響いた。


「ん? 誰のだ?」

「あ、俺のです。警察からですね、ちょっと出ても良いですか?」

「おう、いいぞ」

「どうぞ」


 承諾を貰い、会話を中断して電話に出る。

 相手は警察————十中八九、後日連絡するって言っていただろう。

 

「もしもし」

「もしもし、橘です。阿宮様のお電話でお間違いなかったでしょうか?」

「あぁ、橘さんですか。はい、そうです」

「警護人の選定が済みましたので、取り急ぎご連絡させて頂きました」


 やはり前回言っていた警護人の選定が終わったようだ。


「そのため、一度警察署の方に来ていただきたいのです。ご都合のよろしい日程をお教えいただければ……」 

「都合のいい日程……ですか」


 うーん、正直いつでも良いっちゃいいんだよな。


 すぐ済ませた方が楽か。


「もし、今からでもよろしければ、迎えを出しますが……」


 時計に視線を向ける。

 時間は12時半。

 

「はい、今からで大丈夫です」

「では、その時間で。迎えをそちらに送りますので、家の前でよろしいですか?」

「あー……今、出先にいてそっちでも大丈夫ですか? 初日に来てもらった喫茶店に居るんですが……」

「——ッ!?」


 向こうの声が止まる。


「何を考えているんですか!! まだ警護官も決まっていないのに、一人で外に出たんですか?」

「はい。でも、特に何もなかったですよ?」


 そんなに怒られるものなのか? 貞操逆転世界では。

 あとで詳しく調べよう。

 俺は理解した気になっているだけかもしれない。


「はぁ……、あなたは楽観視しすぎです。その辺りも理解してもらわないとですね……」


 呆れられたような気がする。


「それでは、今から迎えとして山口をそちらに送りますので、よろしくお願いします」

「分かりました。ありがとうございます」


 通話を終えた。


「なんだって?」


 興味があるようで涼さんが聞いてきた。


「ああ、どうやら警護官の候補が決まったようで『誰にするか決めてほしいから、都合のいい日程で警察署に来てほしい』って」

「お、ついにか。んで、こっちから向かうのか?」

「いや、迎えが来てくれるそうだ」

「流石に一人で迎えなんて警察が言いませんよ」

「そりゃそうか」



 それから十分程経ち————。


 前に車が止まった音がした。そして、喫茶店の扉が開く。


「こんにちは、迎えに上がりました。警察の山口です」


 身分を証明するように手帳を見せつつ、山口さんが入ってきた。


「あ、どうも。阿宮です」


 山口さんは背が高く、しっかりした体格をしていた。制服姿が非常に凛々しい。

 他所行きの態度だ。先日見た、駄々をこね、軽快な性格だとはとても思えない。


「それでは、こちらへどうぞ。車で警察署までお送りします」


「それ、オレらも付いていっていいのか?」

「ダメに決まってるじゃないですか!」

「だって心配だろぉ」


「男性の個人情報に関わることです。一切許可することはできません」


 ピシャリと断られる。

 

「けちー」


 ブーイングを上げる涼さん。


「こいつのことは放っておいていいよ。また来てね」

「はい、また来ます!」


 そう伝え、俺は喫茶店を出た。


 

 ◆◆◆


 

 阿宮が去った後。

 

「そういえば、遥って警護官をしていたわよね?」

「ん? ああ、そういやそうだな。でも、実質警護官という名のニートだろ?」

「高身長のせいで怖がられて選ばれないって愚痴ってたわ」

「そうだろ。それがどうかしたのか?」

「いや、警護官が話題に上がって思い出しただけ」

「そうか」


 と、そんな会話がなされていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る