第7話 男性警護官

 しばらく車に揺られ、見たことのある警察署へと到着する。

 そして車は地下駐車場で停車し、車から降りると正面に橘さんの姿が見えた。


「お待ちしておりました」


 その後、橘さんの案内で会議室1と書かれた部屋に入る。

 部屋に入ると、明るい照明が降り注ぎ、中心には長方形の白いテーブルが一つ、それを囲むように向かい合わせでオフィスチェアが複数設置されてる。

 そして、その内の一つに座るよう促された。

 

「こちらにおかけください」


 テーブルを挟んだ先に橘さんと山口さんが座った。


「それでは始めたいと思います。はじめに警護官について詳しい説明を、次にそれぞれのプロフィールチェック、面会、今回で決められるのでしたら契約という流れになります」

「分かりました」


 警護官か……。俺を守るために付けられる言わばSPみたいなものだろうか。期待感もそうだし、どんな人が来るのか不安もある。

 

「こちらの資料をご覧ください」


 渡された紙束には『男性警護官について』と書かれ、目次には警護官とは何かや、設置された経緯、目的などが表記されていた。


「まずは男性警護官についてご説明させていただきます」


 と、橘さんが話し始めた。

 ふと視線を隣に向ける。暇そうにあくびをする山口さん。


 さっきまでのキリッとした人はどこにいったよ。


「ゴホン、いいですか?」

「ああ、すみません。お願いします」


 集中していなかったことを咎めるように橘さんの咳払いが聞こえてきた。

 山口さんについては気付いてないようだ。


「男性警護官とは名前にある通り、男性を警護する仕事です。そのため、あらゆる外敵から守り抜けるよう訓練をし、その中でも選りすぐりのエリートが就ける職です」


 ふむ……。エリート職なのか。

 確かに、一回の失敗すら許されない職だろうし、当たり前なのか?


「また、男性が出歩く際、基本的に警護官を付けることを法律で義務付けられています。これは『男性保護法』に記載があります」


 橘さんの言葉に耳を傾けながら、俺は手元の資料に目を落とした。

 男性保護法……これに書いてあったな。

 俺はそう思い、ペラペラと捲る。


 お、あったあった。えーっとなになに?『この法律は、年々減少傾向にある男性の数を減らさないための対策及び女性による男性への犯罪を防止するめに作られた法律である』と。

 その中に『外出の際、専属の警護官が付いてなければならない』と記載があるのを発見した。


「ほんとだ。書かれてますね」


 など他にも男性保護法に関して書かれていた。

 また別ページには、警護官の業務内容や責任範囲について詳細に記載されている。警護官がどれほど厳しい訓練を受けているかも書かれていた。


 空手や柔術、護身術といった武術から、獲物を使用する戦い方に至るまで様々な訓練を施されているようだった。

 また世間から人気の職なようで、毎度『なりたい職業ランキング』では一位をキープしているようだ。

 ちなみに二位は搾精官だそうな。


 やはり、男性と関われる職は人気みたいだ。


「その中でも、毎年優秀な警護官を輩出する家系もございます。黒龍こくりゅう家が特に有名でしょうか」

「そういや、今回その黒龍家から一人候補に上がってるぞ」

「あぁ……あの方ですか……」


 何か訳ありなのか、複雑そうな顔をする橘さん。


「何か問題でも?」


 俺は橘さんの表情に疑問を抱き、尋ねた。


「いえ、大きな問題を起こしているわけではないのですが……」


 橘さんは言葉を濁した。

 

「実はな……彼女はこれまで担当した男性から必ず契約解除を言い渡されているんだ。なんでも『身長が高すぎて威圧感があって怖い』だとか『護衛のくせに目立つ』など様々な意見があります」

「結構大きな問題では!?」

「解除の理由が失敗したとかではないんだよ。護衛なのに、容姿とその性格から男性よりも女性にモテることが多くてね……嫉妬が多いかな」


 困ったものだと言わんばかりに肩をすくめる山口さん。


 「ただ、黒龍家の警護官は非常に優秀で、能力や実績に関しては申し分ありません。しかし、やはりその見た目や態度が、どうしても男性に受け入れられないことがあるようですが」


 俺は資料を眺めながら、ふと興味が湧いた。


「その黒龍家の警護官について詳しく聞けますか?」


 橘さんと山口さんは一瞬目を合わせた後、一枚の紙を差し出してきた。

 まるで興味を抱くとは考えていなかったような、そんな感情が読み取れた。

 

「これが彼女の履歴書です」


 名前は……黒龍こくりゅう はるかか。

 写真はっと————。


「彼女の名前は黒龍 遥。身長は185cmで、体格もかなりしっかりしています。訓練を重ねた結果、筋肉質で引き締まった体を持っていますが、それがまた威圧感を増しているのかもしれません」


 身長が分かる全身写真と肩から上の顔写真が貼られていた。


 写真を見ると、彼女は確かに高身長で筋肉質な体格をしている。しかし、その顔立ちは整っており、美しいとすら言えるものだった。輝く銀髪をボブカットにしており、真剣な表情でカメラを見つめている。

 中性的な見た目とでも言おうか……確かに女性にモテそうで、カッコいいような雰囲気を写真から感じた。

 ただ、たわわに実った双丘が女性だということを強調している。


「確かに王子様って言葉が似合いそうな方ですね」

 

「ええ、実際そう呼ばれることもあるようです。それに本人もまんざらでない様子から、思わせぶりな対応を取ったり、キザな反応を返すことが多いと……」


 橘さんの説明を聞きながら、俺は再び資料に目を落とした。

 彼女の経歴は、まさにエリートと呼ぶにふさわしいものだった。警護官としての経験や実績がずらりと並んでいる。これだけの実力を持ちながら、契約解除を言い渡されるのは惜しい話だ。


 「実際に彼女と面会することはできますか?」


 まさかそんなことを言われるとはと驚いた表情をしたが、すぐに戻り、


「はい、もちろんです。黒龍さんも本日ここに来ておりますので、少々お待ちください」


 と返答が返ってきた。

 橘さんは立ち上がり、部屋を出て行った。


 しばらくしてドアが静かに開き、橘さんに続いて入ってきた。

 

 「失礼します、黒龍 遥です」


 彼女は冷静な表情で室内に入り、軽く頭を下げた。


 うおっ、美人でカッコいい雰囲気を纏ったような人だ。

 思わず見惚れてしまった。

 

 確かに先ほど写真で見た印象そのまま、彼女は非常に整った顔立ちをしている。

 それに銀髪のボブカットが美しく輝き、その高身長や所作からスーツを美しく着こなす様は出来る人といった印象を受けた。


「初めまして、阿宮 海です」

「初めまして、ボク……私に興味を持っていただいたようで、本日はよろしくお願いしいたします」


 ダウナー的な声と表現したらいいのだろうか、中性的な低音の声。

 そして今、一瞬『ボク』と言ったか? もしかして普段はボクっ娘なのでは!? 

 ちょっとした期待が胸に湧き上がる。


 緊張しているのか、真剣な場だからか、丁寧で慎重な物腰だ。


 正直、この人でいいんじゃないかと。

 一番近くに、長くいる人だし……自らの癖に従えばいいと思うんだ。


「普段通りの話し方でいいですよ」

「あ、そうなの? ありがたい。ボク、堅っ苦しい話し方は苦手なんだ」


 想定以上にフランクな話し方になり、少し驚いた。

 まぁ、これくらいの方が素を知れそうでいいのかな?


「それにしても、ボクを選ぶとは……君は決めた後で契約解除と言い出したりしないよね?」


 なんだか圧を感じる……。


「ボクももうこれで最後にしようと考えていたからね……。子猫ちゃん……あっ、女の子にはよくモテていたんだけどねぇ、いかんせん男性には嫌われてしまう始末でね。困ったものだよ、直そうにも染みついていてできなかったんだ」


 彼女の変わりように橘さんも山口さんも驚いている様子だった。

 これほどとは想定してなかったみたい。

 止めに入ろうとしたりするが、彼女の話は終わらず、なぜ警護官になろうとしたのかや生まれ、これまでの人生を語り始めた。


 うん、これが契約解除の原因では。

 

「————というわけで、こんなボクでもよければ選んでくれると嬉しいな」

 

「ちなみに、ボクに決めてくれるとこれ、触りたい放題だぞぉ」


 ついには色仕掛けまでしてきた。

 ……まじ?


「あははっ、興味津々だねぇ。今までの男は引き気味だったってのに」


 ぐぬぬ。

 そこ二人! こっちを見るでないぞ。

 

「急いで決める必要はありませんよ。まだ他にも候補はいますから」


「一つ聞きたい、なぜそこまで必死になるんですか?」


「ああ、実家からね、次で決まらなければ絶縁だって言い渡されてるんだ。なんでも『男性を守るどころか怯えさせる奴など恥だッ!』って言っていてね」


 言い終わる時には、表情が曇った。

 だが、すぐに笑顔に戻り「まぁ、そうしたら別の道でも探すかなぁ!」と強がってみせる。


 その様子に、なんとなく女の子らしさというか、か弱さのようなものを感じ、『守ってやりたい』と胸の内から上がってる。


「警護官としての実力は申し分ないんですよね?」

「そりゃぁ、もちろん。これでも訓練では一位、実践でも男性を守って表彰された経験があるんだよ」


 最後に「ま、その人にも契約切られたんだけどね……」と自虐的なのを付け加えて、言い終える。

 

 そばで見守っている二人は「まさかこいつにするのか!?」と言いたげな表情でこちらに訴えかけてくる。


 俺は決めたぞ。


「それでは、これからよろしくお願いします」 

「それって……」

「はい、あなたに決めました」

「やった! これからずぅーとよろしくね」


 ニヤッと蠱惑的な笑みを浮かべ、勢いよく抱きついてきた。


「うわっ!?」


 突然のことに俺は反応できず、されるがままになってしまった。

 全身が包みこまれる。

 息が止まるほど、ギュッと抱きしめられ、全身の感覚が黒龍さんで埋め尽くされる。

 心音の音が聞こえてくる。早く脈打ってるのか? もしかして、平気そうに見えて緊張してる?

 

「なっ! 黒龍さん! 何をしているんですか!」


 急いで橘さんと山口さんが引き剥がした。

 ああ、離れちゃった。残念。


「何するんですか」

「流石にやりすぎです。せめて許可取って、警察の目の届かないところでしてください」


 おい、警察としてそれはいいのか?


 もしかして選択を間違えたかと不安になる。


 ……よし、明日の自分に任せよう。うん、そうしよう、それがいい。

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