騒動 12

 まぁ、一言に成り代わると言ってもだ。

 名乗って終わりって訳にも行かない。

 口に出すだけなら簡単だけど。

 拷問部屋に連れてかれたやつが、拷問官名乗って出てきて。

 それで騙されるほど馬鹿ではないだろう。

 衛兵の目なんて大概節穴だとは思うが。

 そういう話以前の問題である。


 拷問官が覆面でも付けてるタイプだったら簡単だったのだが。

 無い物ねだりをしても仕方がない。

 そもそも、だ。

 仮に覆面被って成り代わりなんて方法取ったとして。

 この部屋に転がってる死体。

 これ、モロ拷問官の亡骸である。

 明らかに俺ではない。

 成り代わりと合わせて、この辺を適当に誤魔化す必要がある。


 拷問官への変装。

 顔としては似ても似つかない。

 服を取り替えて。

 これで拷問官です、は。

 うん、流石にそこまで雑だとアウトだよな。

 どこまで親密かは知らないけど。

 それ以前の問題。

 一発でバレる気がする。

 俺はこんな強面ではないのだ。


 思いつく手段としては変身魔法の類だが。

 これ、あるにはあるんだけどね。

 魔法の腕とは別に。

 出来上がりが個人の美的感覚に左右されるところがあるから。

 あまり役に立たない。

 絵とか苦手なのだ。

 俺が使っても、全然似てない顔の男になるだけ。

 かろうじて面影はあるかな程度。

 メイク得意な女性とか。

 この魔法もうまく使いこなせるのかもしれないけど。


 例えば、ノアとか得意そうだな。

 ……

 メイクが得意な女性って流れでノアが出てくるのもどうかと思うけど。

 一番身近なのだ。

 仕方がない。

 我ながら、かなり毒されてる自覚がある。

 結構難度の高い魔法だが、Aランク冒険者だし。

 才能は十分。

 ま、別に教えないけどね。

 教えたら底なし沼にハメられる気しかしない。


 って、そんな話はどうでもいいのだ。

 チートも万能ではない。

 取り敢えず、別の手段を使う必要がある。

 一応、宛はある。

 あまり気は進まないが。

 これ以外思いつかなかったのだから。

 仕方がない、か。


 アイテムボックスからナイフを取り出す。

 別に特別な魔道具とかではない。

 普通に。

 道具屋とかで買えるタイプの物だ。

 そのまま、地面に転がってる男の側で膝立ち。

 彼の首筋に刃を立てる。

 抵抗はあまりない。

 すっと、皮膚を切り裂き刃が入っていく。


 要は、新しい物を作っての変装は難しいから。

 ありものでどうにかしようと。

 そういう話である。

 分かりやすく、皮を剥いでそれを再利用しての変装。

 本人の物だ。

 完成度も何もないだろう。

 なんたって、これが本物なのだから。

 これなら。

 美的感覚の終わってる俺にも完璧な変装が可能。


 ただ、顔の皮って薄いのがね。

 別に普段から狩猟をしているわけでもない。

 むしろ。

 そういう血生臭いのは避けて、薬草採取ばかりしている達だ。

 受付嬢に軽く小言を言われつつ。

 のらりくらりと交わして。

 当然、なめしの技術など皆無。

 利用用途的に傷つけちゃダメだからね。

 元から傷だらけではあるけど。

 新しくでかい傷を増やすのはいただけない。


 手段はあるが、実行するだけの技術がない。

 ここでチートの出番である。

 万能ではないとかいってすまんな。

 やっぱり万能だったかもしれん。

 チート万歳!

 魔法でなめしの補助をする。

 無論、皮を自動でなめしてくれるようなピンポイントな魔法はないが。

 そんなの不要。

 もっと単純に考える。

 要はナイフで傷ついてしまうのが問題なのだ。

 つまり、男の皮膚が刃を通さなければそれで問題解決。

 強化魔法をかけてしまおう。

 そうすれば。

 俺の技術の方は相変わらず心許ないし、一発で綺麗にはいかないだろう。

 多少、と言うかかなり皮に身が残るかもしれない。

 それでいいのだ。

 何度も繰り返しこそぎ取って仕舞えばいい。

 さっきの俺への拷問と同じだ。

 刃が通らない。

 無理にやろうとしても道具の方がイカレるだけ。

 これで失敗する方が難しい。


 皮膚に刃を立てて、首の方から徐々に進めていく。

 普通はこんなやり方しないだろうな。

 切れちゃうし。

 本当にチート様様だ。

 内部の骨と肉。

 当然、進めていくと邪魔にはなる。

 三枚おろしの様に開いてる訳でもないからね。

 中に残るのだ。

 作業がやり難いったらありゃしない。

 でも、別に剥製作ろうってんじゃないのだ。

 皮以外は不要、か。

 こっちには魔法かけてないし。

 適当に、ぐしゃぐしゃと潰して掻き出す。


「くっ……」


 ただでさえ。


 この部屋、元々血で汚れていたのだ。

 さっき胴体を潰したのと、今の行為でさらに。

 スプラッタかな?

 それ並みの光景である。


 まぁ、やってて気持ちのいい物ではない。

 匂いは酷いし。

 手は生暖かい液体で汚れるし。

 不快でしかない。

 でも、考えようによっては。

 もう死んでいる以上、ただの肉でしかないとも言える。


 前世じゃパックでしか見なかった。

 こっちでも動物の一頭買いは殆どの人がやらないし。

 塊肉でしか見ない。

 畜産業者の方々は、これ並み。

 もしくはよりデカいのをバラして肉塊にしてるのだ。

 それと変わらない。

 こんな面倒な事をやってくれてる。

 そう思うと、彼らには感謝しかないな。

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