騒動 11
兵士に連れられ、とある部屋に押し込まれた。
窓はなくどんよりと薄暗い室内。
日の光が一切差し込まない作りになっているらしい。
全面石造り。
唯一の光源である蝋の火が壁に重々しい影を作る。
威圧感すら感じる部屋だ。
壁際には謎の道具が並んでいる。
空気は湿っぽく。
何より、酷い匂いだ。
嗅ぎなれない。
嗅ぎなれてはいけない香り。
久々である。
ここまで濃いのは、いつ以来だろうか。
おそらく、この前の港町までの馬車旅。
盗賊に襲われた事があった。
臨時ボーナス入った時の話だ。
あれ以来。
濃密な人間の死臭を感じる。
特別室なんて言い回しするから。
どこに連れて行かれるのかとドキドキしたが。
なんてことはない。
普通に、拷問部屋である。
壁にかけてある道具は拷問器具なのだろう。
詳しい名称は知らないが。
見ただけでなんとなく使い道まで察せてしまう。
この薄暗さも合わせて。
わざとなんだろうな。
容疑者に心理的な圧迫感を与える目的。
そう思って観察してみると。
石造りの室内。
床や壁には血痕やら傷跡が大量に見受けられる。
こりゃ、相当派手にやってると見た。
まぁ、予想通りではあるか。
自白が欲しいのだ。
むしろ拷問部屋以外どこに連れて行くのかって話。
このまま閉じ込めててもねぇ。
いつ話すか。
直近で起きた大事件なのだし。
早急に証言が欲しいのだろう。
そんなもったいぶった言い方しなくても。
とは思うけど。
一応、違法って事にはなってるしね。
拷問による自白の強要。
おそらく、誰も守ってはいないが。
実際ここはそうだし。
念の為、言葉だけでも気をつけているって事か。
兵士に連れられてきて直ぐ。
嫌な音を立ててドアが開き見知らぬ人間が入ってきた。
さっきの事情聴取。
あの場には居なかった奴だ。
顔中傷だらけの男性。
仮に傷がなかったとしても、その人相。
見るからにまともな人間ではなさそう。
拷問官。
って事だろうか?
実際、後ろ暗い仕事ではあるし。
ただの印象ではあるが。
まともじゃないってのもそう間違いではないか。
人を日常的に苦しめる訳だからね。
言葉での誹謗中傷ですら自分もダメージを受けるというし。
実際にやるのは。
おそらくかなりのものがあるのだろう。
ただの殺しですら、積極的にやりたいとは思えない。
まともな精神でできる仕事ではないのだ。
そりゃ、見た目にも出るって物。
ご苦労なことで。
なんでこんなヤバい事を仕事にしようと思ったんだか。
って、言えた義理じゃないな。
前世で過労死してるのだ。
仕事で心を壊す。
その気持ちは分からんでもない、な。
壁に備え付けられた手枷、膝をついた状態で固定される。
そして、兵士はそれを確認すると足早に出ていってしまった。
居心地悪いのだろう。
まぁ、この部屋に長居したい奴なんてね。
そんな物好きは少数派だ。
匂いもだし。
雰囲気も。
何より拷問官が恐ろしいのなんのって。
そりゃ、少しでも早くこの場から逃げたいとも思いますわ。
部屋の中には2人っきり。
この拷問官、多分国に雇われた兵士とかじゃないんだろうな。
あくまで関係ない。
そういうスタンスなのだろう。
詰所の中でやっておいて、とも思うが。
無駄に長い廊下をそれなりに歩いたからな。
書類上別の建物の可能性もある。
無能のくせに。
そこら辺は抜かりないらしい。
ここまでして拷問する必要あるかと思わんでもないけど。
現代と違う。
証拠を集めるのも大変なのだ。
別に三権分立とかないし。
不要と言えば不要なのだけど。
でも、それはイメージが悪い。
だから自白って言うわかりやすい証拠が便利で有用なのだろう。
「認めるといえば部屋から出してやる。お前の沈黙は無意味、ここから逃れる方法はただ一つ。真実を話すこと、それだけだ」
壁にかかってる道具を触りながら。
そんな事を言う。
堂に入ってるな。
映画やらアニメで見た演技とは違う。
これが本物ってやつか。
何やら、金属製の器具を引っ張り出してきた。
ペンチのような形。
そのまま俺の手元まで持ってくる。
「早く話したほうが身のためだぞ?」
そういって爪を挟み込む。
あぁ、そういう道具ね。
そのまま、拷問官が爪を剥がそうとする。
が、ポキリと。
折れた。
金属の器具の方が。
当然だ。
そんな鉄屑。
チートボディーに叶うはずない。
「古くなっていたのか。まぁ、少し痛みまでの猶予が伸びただけだ。それともこの幸運に乗じて痛い思いする前にゲロるか?」
「……」
「チッ、いつまでそんな澄ました顔してられるか。楽しみなものだ」
古くなった、ねぇ。
間抜けなやつ。
とはいえ、誤魔化すのは無理だな。
水責めやら石抱とかならともかく。
外傷は。
そうとうな違和感。
このままどうにかして穏便な方法を考えたかったけど。
しゃーなしだな。
あまり名案は思い浮かんでないのだが。
その時はその時。
とりあえず、目の前のこれを解決しないと。
「なぁ、拷問官さん」
肩を叩く。
「お、なんだ。あっさり話す気に……」
だるそうに振り向こうとして。
肩を叩かれたという事実に気がついたらしい。
手錠をかけていたのに、と。
それが意味することぐらい分かるだろ?
まぁ、爪を剥がそうとして鉄が折れるのだ。
当然の結果ではある。
軽く力を入れただけで手錠なんてすんなりと壊れた。
そして。
目の前で、もう片方のも引きちぎって見せる。
「ば、化け物」
お前に言われたくないわ。
化け物みたいな見た目しやがって。
俺に怯えている、その姿すら怖い。
生粋のやつやな。
お前にそこまで恨みはないんだけどね。
残念ながら、さようならだ。
拷問は法律違反である。
誰も守ってないが。
まぁ、犯罪者なら殺してもいいでしょ。
現行犯だし。
盗賊とか、人攫いとか、そこら辺と同じ括りだ。
冤罪もありえない。
心置きなく始末出来る。
そのまま、近くに落ちていた道具で胴体をぶち抜いた。
きったねぇな。
剣で切ったのとは違う。
トマトでも踏み潰したかの様な有様。
返り血が凄い。
これ、俺がチート持ってなかったら感染症とかになってそう。
さて、拷問官を殺してしまった訳だが。
逃げても追われる。
現状は単に罪を重ねただけでしかない。
別に問題はないと言えばないのだが。
どうせ捕まらないし。
でも、身元は割れているのだ。
流石にね。
ウーヌでの生活もそれなりに気に入って入る。
出来ればあまり捨てたくはない。
そこは分かっているので。
上手いことやろうかと。
ちょっとした思いつきなので、本当にうまく行くかは疑問だが。
まぁ、これ以外に何も思い付かないし。
仕方がない。
ここで死んだのは拷問官ではなく俺。
そういう事で行こうかと。
設定としては、容疑者に挑発され腹を立てて殺したと。
雑な気もするが。
拷問中に殺しちゃうって結構あるあるな気がするし。
こいつイっちゃってる見た目してたからな。
実態はともかく。
これ自体はそこまで違和感持たれないんじゃないかと。
そして、自白を取れず。
犯人をみすみす殺してしまった拷問官。
彼は責任をとって辞職する、と。
死んだ人間を追おうとはしないだろうし。
完璧な作戦。
後は堂々と拷問官としてここの詰所から出ていく。
そういう魂胆。
要は成り代わってしまおうって話だ。
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