九章

王都

 俺が昔学園に通ってたの、普通に違和感やばいよな。

 今じゃただの飲んだくれのくせに。

 貴族生まれでもない、田舎の農村生まれの少年が学園の門を叩く。

 どんな天才だって話である。

 とても今の自分の姿からは想像出来ない。


 エピソードだけなら絵に描いた様なエリート。

 でも、当時の俺も別にそこまで意識が高かった訳じゃない。

 性格としては今とそう変わらなかったはず。

 転生者だしね。

 一度何十年も人生を過ごしているのだ。

 その人格が、転生して数年で簡単に変わったりはしない。


 あの時は固定観念があったのだ。

 子供は学校に行くもの。

 そんな、前世の日本で構築されたかなり強力な固定観念。

 よく考えてみれば、そんなはずはないのに。

 義務教育なんて制度が出来たのは最近。

 この世界がそのレベルの文化水準に達してるとは思えないし。

 そもそも紙ですら高級品なのだから。

 学校に行ったところでどうやって授業するのか。


 識字率ですら低いのだ。

 学校に通うのなんて貴族か商人の子供か、それぐらい。

 圧倒的少数派である。

 農村生まれの子供は勉強なんてせずに親の手伝いをするのが普通。

 それがどうして。

 明後日の方向に突っ走ってしまった。


 これは言い訳だが……

 当然、この世界にはインターネットなんて便利な物は無い。

 本も高級品。

 そうなると情報を手に入れる難易度が上がってしまう。

 村なんて閉鎖環境にいたら特に。

 庶民が手軽に知れる知識なんてたかが知れている。

 しかも、庶民に知れる知識でもどうやって調べれば分かるのかすら不明。

 紙媒体が貴重となれば、そのほとんどは伝聞に頼ることになるのだから。

 仮に村の中にその知識を持ってる人がいたとして。

 誰に聞けばいいのか。

 そもそもどうやって聞けばいいのか。

 仮に聞けたとして、その知識の信憑性というのも怪しいところがある。

 総じて情報の価値が高いのだ。

 だから、前世の記憶を基準に判断する事が多くなって。

 結果として常識の更新が遅れてしまった。


 結構な間、前世の価値観を引きずって生きて来た。

 いや、今でも引きずってはいるのだが。

 そうだな。

 例えるなら、観光地に旅行にでも来たような気分だった。

 そう言えば分かりやすいだろうか?

 転生したというのに。

 文化の違いに困る事はあるけど、それ止まり。

 生活の基盤がここにあるにもかかわらず。

 現地の文化も尊重しなきゃダメだよね、と。

 その程度の認識でしかない。


 結局、村にいる間に常識が更新される事はなく。

 子供は当然に学校に通うものだという。

 ただそれだけの理由で。

 俺は庶民でありながら学園に入学したのだ。


 もしその事実をもっと早く知っていれば……

 まぁ、何があったって事もないが。

 もう少し早めに今の堕落した生活に移行していたかも。

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