七章

散策

「いやぁ、災難だったな」


 後ろから声を掛けられる。

 振り返ると、さっき逃げたおっちゃんがいた。

 ほっと息をつく。

 これ、やめて欲しいんだが。

 後ろから話掛けるの。

 別にトラウマって程でもないけど。

 一瞬ビクッとしてしまった。


 しかし、用事だなんだと言っていた気がしたが。

 戻ってきたらしい。

 わざわざ、煽りにでも来たのだろうか。

 顔がニヤけている。

 野次馬精神を隠そうともしていない。

 そういえばそんな感じだったな。

 港町の店でも、確か大将に絡んでた様な気がする。


「災難だったな、じゃねぇよ」

「まぁまぁ」

「おっちゃんだけ逃げやがって」

「いや、ありゃ誰だって逃げるだろ」

「理解は出来るけど」

「だろ?」

「その態度はムカつく」

「すまんって」

「許す」

「さっすが、兄ちゃんは話が分かるわ」

「おっちゃんは調子いいな」

「よく言われる」


 まぁ、あの状況なら誰だって逃げるだろうし。

 それぐらいの圧があった。

 逆の立場ならどうか。

 そう考えれば、おっちゃんを責める資格はない。


 そもそも、口を滑らせて女将に気づかずに話したのも俺だし。

 おっちゃんは巻き込まれただけ。

 なら、あぁなるのが当然。

 むしろ、今のですらちょっと八つ当たり気味だと思う。

 でも、反省はしていない。

 仕方ないじゃん。

 だって、イラッとしたんだし。

 ニヤニヤしてたおっちゃんが悪い。


 ま、獣っ娘の事も雇ってくれるっぽいし。

 結果オーライ。

 終わり良ければ全て良しって事で。

 水に流そう。

 全面的に俺が悪い気もするが、そこも含めて綺麗さっぱりと。


「それで、行くか?」

「ん?」

「おいおい、忘れたのかよ。兄ちゃんその歳で記憶力に衰えが……」

「な訳ないだろ! って言えるほど若きゃないのが悲しいな。一応おっちゃんよりは年下なんだけど」

「こっちまで巻き込むな。俺はまだまだ大丈夫だよ」

「どうだか」

「ほら、昨日温泉で話したろ」

「……あぁ! おすすめの店教えてくれるって話か」

「正解」

「そう言えばそんな話もしたな」


 盛り上がるだけ盛り上がって、結局何も決めずに解散したからね。

 朝風呂で続き話そうと思ってたんだった。

 それで来なかった訳だけど。

 あの話。

 おっちゃんの中でも生きていたらしい。

 良かった。

 その場のノリだけで、実際にやる気はないって感じだったら悲しいからね。


 宿にいても仕方ないし。

 いや、温泉宿なんてのんびりしてなんぼみたいな所あるんだけど。

 今日は事情が違うというか。

 別に居心地悪いとかじゃないよ?

 女将が怖いとか、断じて無い。

 無いんだけど。

 何となく、外に出たい気分なのだ。

 ま、久々の温泉街だしね。

 別に、おかしなことは言っていない。


 幸いなことに、獣っ娘は女将に連れてかれちゃったし。

 1人だ。

 いや、ずっとケージの中入れられて弱ってるのを連れ回すのはどうかと思うしね。

 部屋に1人で置いとくのもアレだ。

 その点、今はちょうど気を使う対象もいない。

 断る理由は皆無。

 強いてあげるなら、事前に店を見繕っておく作戦に失敗したことぐらいか。


 奴隷に気を取られて。

 いや、スラム行った時点でどうせボツだった説が濃厚だけど。


「んじゃ、行くか」

「良し来た!」


 おじさん、2人。

 宿を出て温泉街散策に繰り出す。

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