奴隷 12

「ここは?」

「俺が泊まってる宿。ここで働いてもらおうかと思って」

「……」

「そんな心配すんなって。今でも毎年来てるし」

「そうなんですか?」

「君が働き始めればここに来る回数もさらに増えるかも」


 まだ不安そうな表情を浮かべているが、少しは安心したらしい。

 まぁ、別荘のメイドみたいなものだ。

 泊まりに来たときは俺のお世話をしてもらう事になる。

 そう考えれば希望とそこまでズレもしないだろう。

 俺以外の世話もする羽目になるし。

 そこより忙しいかもしれないけど。

 いや、メイドの仕事内容とか詳しく知らないしな。

 暇って事はないだろうから。

 同じぐらいかもしれない。

 宿で働くのも、忙しいとはいえそこまで激務って事はないだろうし。


 娼館ならそこら辺もっと融通効きそうな物だけど。

 ま、嫌って言うなら仕方ない。

 宿だと休みたいからと言ってそう何度も休めるものじゃないしね。

 業務どうこうではなく。

 給料が低いだろうから。

 いや、この宿にケチをつけてるわけではなくあくまで相対的な話。

 娼婦なら週何度かの出勤で平気そうだけど。

 宿だと、逆に休日を数えた方が早そうだよね。

 自分が生きてくだけの金を稼がないと。

 面倒を見てもらうのだ。

 最低限、それ以上の利益を生み出さないと首である。


 多少の補填なら別に出来ない事ないんだけど。

 奴隷買うのにお金使っちゃったし。

 ボーナスの方も、なんだかんだ結構目減りしちゃったからね。

 そういう状況になるのは、あまり望ましくない。


「お帰りなさいませ」


 中に入ると、昨日と同じ娘だ。

 掃除中らしい。

 多分、玄関の清掃はこの子の担当なのだろう。


「女将さんって何処にいるか分かる?」

「えっと、おそらく中庭の方に」

「ありがと」

「いえ、ごゆっくりどうぞ」


 対応は普通にやりつつも、視線を感じる。

 俺の斜め後ろ。

 獣っ娘だ。

 ま、そりゃそうか。

 この娘とは昨日会ってるからね。

 俺が1人で宿に泊まりに来たのは知ってるのだ。

 それが外出して戻ってきたら女連れ。

 しかも、この国じゃ珍しい獣人の女の子。

 気になるだろうな。

 事情に関しては後で直接聞いてくれ。

 同僚になるかもしれないし。

 その時は仲良くしてやってくれると嬉しい。


 女将は中庭にいるっぽいので、そっちに。

 ゆっくり過ごす予定ではあるし。

 別に、部屋で休んでからでもいいんだけど。

 いつまでも居るわけじゃない。

 俺、根がめんどくさがり屋だからね。

 こういうの先にやっとかないと、後ろへ後ろへとずれ込むのが目に見えている。

 早い方がいいだろう。

 二つ返事で雇ってくれるとも限らないし。

 ある程度余裕を見た方がいいはず。


「お、にいちゃん!」


 突然、声を掛けられた。

 おっちゃん。

 中庭に向かう途中にバッタリである。


 結構おっきな声だったからか。

 びっくりしたらしい。

 獣っ娘が俺の後ろに隠れ、ズボンを掴んでいる。

 仕草がかわいいな。

 本当に猫みたいだ。

 警戒でもしているのか。

 視線が厳しい。

 いい人ではあるんだが。

 確かに、見た目はちょっと怖いかもしれない。

 特に女の子からしたら。


「その子はどうしたんだ?」

「ちょっと、ね」

「なんだ、隅におけねぇな」


 反応的に、奴隷には見えなかったらしいな。

 ナンパでもしてきたと勘違いしたのか。

 獣人の女の子をナンパねぇ。

 この街で。

 成功率以前に、探すのが大変そうではある。

 そもそも、見つけたところで関わらないか。

 この国の一般的な価値観だと。


 まぁ、このおっちゃんにはそう見えたのだろう。

 旅人だからね。

 偏見があまりないのか。

 この国に獣人が少ないって知識はあるんだろうけど。

 差別的な思想があるってのも知ってはいそうだが。

 根本の感覚が違うのだろう。


 プロを連れてるように見えないのは……

 態度、かな?

 なぜか知らないけど。

 明か俺に懐いてるし。

 とても買われたようには見えない。


 と、言うか


「そういえば、体調は大丈夫だったのか?」

「ん? 何の話だ」


 あれ?


「ってっきり、腹でも壊してるのかと」

「いや、そんなことないが」

「今日朝風呂来なかっただろ。おっちゃんはきそうだったのに、だから体調でも崩したのかと」

「あぁ、昨日はちょっと飲み過ぎてね。ついさっきまでぐっすりよ」

「へぇ」


 ま、そんなもんか。

 何に重点を置いてるかなんて人それぞれだしな。

 俺は朝風呂優先だが。

 風呂入った後の晩酌もなかなか捨て難くはある。


「へぇって、にいちゃんのせいだけどな」

「え?」

「いや、昨日温泉入りながら酒飲んでただろ? あれが羨ましくて」

「あ、なるほど」

「一回上がった後入り直して。あれ危ないな、酒が回る回る」

「ま、血行促進されるからな」

「何だそれ?」

「血の流れが良くなるって事」

「にいちゃん本当いろんな事知ってんな」


 なるほどね、あれ真似たのか。

 そりゃ、酔っ払うわ。

 まぁ、良さそうに見えるのは分かる。

 俺もテレビ見て憧れた訳だし。

 酒飲みにとっては理想的だよな。


 女将も許可してくれたんだな。

 ま、一例目はともかく。

 二例目は躊躇う理由ないか。


 そもそも、俺の時も結構あっさり許しが出たし。

 太っ腹な女将だ。


「にしても、それだけで体調不良を疑うなんて心配性な奴だな」

「いや、ちょっと心当たりがあって」

「心当たり?」

「昨日の夕飯覚えてるか?」

「キノコだろ。美味かった」

「サラダ、あれ舌ピリってしなかったか」

「あの刺激が癖になるよな」

「旅好きなら分かると思うが、この宿の料金で香辛料なんて使えると思うか?」

「……言われてみれば、確かに」

「だから、てっきりあれで」


「てっきり?」


 後ろから声が聞こえた。

 え。

 嫌な予感が。

 恐る恐る振り返る。


 女将だ。

 ……女将だ。

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