奴隷 5

「それで、欲しいのはどいつだ?」

「店の前にいた娘を」

「あぁ、あの獣人の女ね」


 取り敢えず取引はしてくれるらしい。

 ありがたい。

 こっから大通りの方まで行って戻ってきては流石に手間だからね。

 しかし、俺としては好都合だが。

 いいんだろうか?

 スラムに大金置いとくの結構危険だと思うんだけど。


 見る限り店員は1人、それでも大丈夫って判断なのか。

 彼、見張も兼ねてるってことかな?

 いや、奥に人がいるのかもしれないけど。

 狙われにくいとはいえ、無防備で置いとくには高い商品だしね。

 おかしくはないか。

 一応用心棒も兼ねた人間を置いておくのも当然ではある。


「これでいいんだな」

「そう」

「一十百千……。げ、こんなにすんのか」


 口に出すなよ。

 というか、把握してないんだな。


 まぁ、この扱いだしね。

 言葉通り本当に受け渡ししかしてないのだろう。

 世話は別の人間。

 なら驚くのも無理はない。

 俺もここに関しては疑問だし。


 世話も彼がやれば人件費抑えられそうな物だが。

 暇そうにしてたし。

 護衛を兼ねてるからって事なのかな?

 裏社会は人材不足だからね。

 人手は集まっても使える人間は稀。

 有能な人間に雑用を押し付けたりはしないのだ。


 あと、やっぱ値段はしっかり取るんだなと。

 おそらく売れ残ってただろうに。

 値引きは無し。

 扱いから見て、特に売れる当てもなかったはずだが。

 ただの客引きと化していた。

 外に置いてあるくせに、中の奴と桁が違う。

 ま、別にゴネる気はない。

 普通に払えるってのもあるけど、ぼられてる訳じゃないからね。

 妥当な金額。

 正規店ならさらに五割り増しでも驚かない。

 もちろん、その分管理はちゃんとされてるんだけど。


「にしても、冒険者ってそんな儲かるのか?」

「いや、人それぞれって感じかな。Dランクじゃ全然よ」

「お前は?」

「これは冒険者として稼いだ金じゃないし」

「へぇ」

「この前、ちょっと色々あってボーナスが入ったからね」

「?」

「臨時収入ってこと」


 そりゃ気になるか。

 さっき見せた冒険者カードで、俺が低ランクなのは知ってるし。

 それが、こんな高価な物買おうとしてたらな。

 気にするなと言う方が無理な話だ。

 しかし、残念。

 冒険者はそんな美味しい仕事ではない。

 いや、俺からしたら薬草採集だけで暮らせる天職なんだが。

 他人にとってはそうでもないって事。


 楽に稼げる仕事なんて、そう滅多にある物じゃない。

 特に冒険者なんて。

 これ、誰でもなれる仕事だからね。

 どちらかといえば賃金が安くなる方向に圧がかかる。

 当然の話だ。

 上級冒険者になるか、それこそ俺みたいなズルがあれば話は変わるんだけど。

 でなければ、そこらへんの日雇いと変わらん。

 命の危険がある分で多少報酬は高いが、その分経費も嵩むし。

 プラマイでちょいマイナスかな?


 変に夢を持たせてもしょうがない。

 彼、良さげなポジションで働けているのだ。

 あまりイメージは良く無い。

 それどころか、バリバリの違法企業だけど。

 でも、この世界では珍しい安定雇用である。

 転職でもしてみろ。

 職場自体が頻繁に潰れるわ。

 給料未払いもしょっちゅう。

 軽率な判断をして困るのは彼自身である。


 ま、別にガチで聞いてきた訳じゃ無いだろうけど。

 そんなの店員だって分かってるだろうし。


「じゃ、書類にサインもらって。身分証はさっきの冒険者カードでいいや」


 非正規店のくせにそこらへんしっかりやってるんだな。

 いや、確認してないし。

 もしかしたら正規の店なのかもしれないけど。

 聞いたところでいい顔されないしな。

 正規店に許可あるのか聞くのは、なんか疑ってる感じで失礼な気がする。

 非正規店に許可あるのか聞くのは嫌味でしかない。


 それに違法だと分かって買うのと、違法かもしれないと思いつつ買うのでは意味が違うから。

 聞いてない以上は確定はしていない。

 どれだけ違法っぽくても。

 つまり、ここの店は黒寄りのグレーである。

 シュレディンガーの猫的な?

 観測しない限りは単に俺の予想でしかなくて真実は不明のままなのだ。


 書類の方はサインする前にしっかり隅々まで目を通しておく。

 冒険者ギルド以上に、悪意持って騙される可能性高いし。

 よく読まずにサインするのは自殺行為。

 店員は俺が文字読めることに驚いているっぽい。

 まぁ、そうか。

 識字率が低いこの世界で自分のサイン以外の読み書きができる人間は少ない。

 顧客の貴族や商人なんかはともかく。

 低ランクの冒険者にそんなイメージないだろうからな。


 うん、内容の方に問題はないな。

 至って普通の契約書。

 最低限のことしか書いていない。


「じゃあ、契約するから手を出してくれ」

「あ、君魔術師なんだ」

「崩れだけどな」

「それでも珍しいよ」

「まぁ、じゃなきゃ仕事にならないしな」


 言われてみれば、それもそうか。

 人間だけ売って契約できませんはもはや奴隷商人では無いしな。

 それやるのは卸し側。

 人攫いぐらいだ。

 値段もだいぶ安くなってしまうのは想像に難くない。


 それに魔術師崩れなら納得だ。

 ここで取引してくれた理由。

 崩れと言いつつ、魔法を結構使えるからね。

 スラムの人間なら、余裕で蹴散らせるはず。

 この程度の金はあっても問題ない。

 そういう判断って事なのだろう。


 奴隷と契約を結ぶ。

 これ、主人を害そうとすると動きが制限される仕組みなのだ。

 あとは主人の意思で苦痛を与えられる。

 命令を無視したりした時に罰として使う目的。

 なかなか良く出来てると思う。

 この魔法が良く出来てるのも如何なものかと思うが。

 人間そんなものだ。

 基本的に5年程度持続し、切れる前に掛け直してもらう形。

 逃げられちゃうからね。

 まぁ、俺の場合は自分で掛け直せるけど。


「護衛はいるか?」

「必要ない」

「いいのか?」

「今、ちょうど金も無くなった所だしな」

「ん? 追加の資金はかからんぞ」

「そうじゃなくて、盗られる金がない」

「あぁ、なるほど」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る