温泉 15

 生物が近づかないのは地上だけに限らない。

 源泉が吹き出してる訳だからね。

 言わば、湧水みたいなもの。

 一応付近には川なんかも流れてはいるのだけど。

 白く濁った水面を見下ろす。

 まぁ、魚が泳いでたりはしないよな。


 そもそも、この川からも湯気が昇っちゃってるし……

 仮にここに適当な魚を逃したとして、生きれても数分って所だろうか。

 少し経てば煮たってしまうのが目に見えている。

 そんな環境を好んで住む魚か。

 居ないとは言わないが珍しいだろうな。

 源泉からの流れ込み。

 おそらく、人が入るにしても熱いぐらいの温度のはず。

 しかも酸性だし。

 宿の温泉なんかより、さらに濃い濃度。

 例えるなら、塩酸を薄めた様なものとでも言えばいいだろうか。

 ほとんどの生物は耐えられない。


 前世じゃ、こんな環境に住む虫もいたらしい。

 いや、こっちでもいるのかもしれないけど。

 その手の生物は得てして小型なのだ。

 魔力も少ないだろうし。

 川の水は白く濁っている。

 仮にこの川に居た所で、素人の俺じゃ見つけられる気がしない。

 それに、見つけたところでそれがどうしたって話だしね。

 一般論的な話だ。

 そんなサイズの虫がいるだけじゃねぇ。

 ほぼ生き物はいない判定である。


 確か、もう少し下流まで行けば。

 多少は魚も居たはず。

 それでも普通の川に比べればよほど高温で酸性度も高い。

 厳しい環境であることに変わりはないけど。

 生命の神秘ってやつかな。


 こんな地獄みたいな場所に何をしに来たのかと言えば。

 もちろんこの光景を見に来たというのもある。

 温泉地の醍醐味だしね。

 なかなか壮観な光景なのだ。

 前世でも、見れる様になってるところは多かった気がする。

 ただ、毎年来てるから。

 そんな頻繁に見て面白いものでもない。


 本命は別、ずばり掘りに来たのだ。

 採掘である。

 源泉は地下からの噴出物。

 温泉以外にもいろいろなものが地表に露出、もしくは表層付近に溜まっている。

 鉱山みたいな物だ。

 ま、当然権利関係とかあるのかもしれないが。

 魔物が住む森の奥地に監視も何もない。

 何事もバレなければ罪に問われる事はないのだ。


 と言っても、金儲けしに来た訳じゃない。

 鉱山みたいなものと言いつつも、別に鉱山じゃないしね。

 大した物はない。

 いや、もしかしたらあるのかもしれないが。

 詳しく調べたこともないし。

 否定はできない。

 ただ、それを探して掘るのはね。

 かなりの重労働になるのは想像に難くない。

 やることは炭鉱夫だし。

 完全な肉体労働。

 しかも、確実にあるという保証もない貴金属を探してだ。

 いくらチート持ちとはいえ、辛いものは辛い。


 現状、薬草採取だけで楽に暮らせているのだ。

 盗賊から回収したボーナスの残りもまだまだあるし。

 今の俺のやることじゃない。


 目的は、源泉の周りに堆積しているあれ。

 この温泉地に来たときに感じた独特な匂い。

 その正体だ。

 ちなみに、名前は知らない。

 多分ついてるんだろうけど。

 別に興味もないし。

 前世で言う硫黄ポジションの鉱物。

 いや、火薬とかになったりはしないけどね。

 あくまで温泉に対してのって意味だ。


 これを採掘しに来たのだ。

 別に苦労はしない。

 そこら中にあるからね。

 地表を軽く削って。

 それをかき集めて終了である。


 そんなの持ち帰ってどうするのかという話だが。

 金儲けじゃないと言う言葉通り、どこかに売っぱらったりはしない。

 多分、大した値段で売れないだろうし。

 普通に使うのだ。

 風呂に入る時、たまに湯船に入れるのである。

 入浴剤代わり。

 これがなかなか侮れない。

 温泉ほどとまではいかないが、ただお湯に入るのとは雲泥の差。

 結構いい気分転換になる。

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