六章

奴隷

 ある程度採掘してアイテムボックスへ。

 本当にざっくり。

 表層をさらっただけだ。

 まぁ、この温泉街にはちょくちょく来るからね。

 莫大な量を集める必要はない。


 これで用事は終わり、ふと川に視線を向ける。

 相変わらず白い湯気が登っている。

 源泉近くのここはともかく、ある程度下流の方。

 他の水も混ざった場所なら温水プール程度の温度になりそうだなと。

 泳いだら気持ちよさそうではある。

 前世で言うスパリゾート的な感じ。


 ま、別に入る気は無いんだけど。

 それ系の施設が別に好きじゃなかったってのも理由だが。

 単純に秘境の温泉とかにはあまり興味がないのだ。

 完全に屋外で入るタイプのやつ。

 そこに箱があるなら話は別なんだけどね。

 整えられたところで入った方がリラックスできるでしょ。

 俺の持論である。


 来た道を帰る。

 森の中をしばらく歩き、温泉街の方に戻って来た。

 もういい時間だ。

 ちょっとした暇つぶしにはなったな。

 これを仕事にはしたくないけど。

 ここ来た時、たまにやる分には結構楽しい。


 街の散策。

 おっちゃんにおすすめのお店を案内してもらう予定なのだが。

 もちろん体調が問題なさそうならだけど。

 その前に、ちょっと1人で見て回ろうかなと。

 今帰っても復活してるかわからないと言うのもあるし。

 それに、俺もどこか紹介しないとだ。

 俺の方がこの街に来始めてから長いのは知られちゃってるから。

 少し開拓しておこうかと。

 いや、ね。

 大通りにあるメジャーどころを紹介したとしても。

 それ知ってるとかなったらよろしくない。

 普段は宿も飲食店も大体固定されてるからさ。

 来た回数の割にこの街のことにあまり詳しく無いのだ。

 こんなもんかと思われるのはね。

 別に問題ないと言われればそうなのだけど。

 なんか、癪だ。

 冒険者として舐められるのは全く気にならないのだが。

 我ながら面倒な性格をしていると思う。

 でも、こういう人間なのだから仕方がない。


 この街は、分かりやすく観光街である。

 大通りの周りに旅行客をターゲットにした店が並ぶ。

 奥に行けば宿も幾つかあるし。

 一本横道にそれれば娼館が並ぶ。

 表層だけで満足出来る作りになっているのだ。

 逆にそこから外れれば、観光用に整備されていたりは一切ない。

 普通に街の人が暮らしてるだけ。

 面白みは少ない。

 でも、そっちを紹介する方がさ。

 なんか、玄人って感じするくね?


 そんな浅はかな考えを元に、通りから大きく外れる。

 裏道を適当に進む。

 こういうとこにこそ、文化の違いとかが出るだろうからね。

 この世界は街単位で文化が違うなんてザラ。

 港町以上にウーヌから距離あるし。

 おっちゃんがどこ出身なのかは知らないが。

 港町からの距離も相応にある。

 観光地ばかり巡ってる訳じゃない。

 港町なんかにも行くおっちゃんには刺さる部分があるはず。


 しかも、観光街のだからね。

 いろんな土地の文化が流入しやすい場所。

 こう言うとさっきの話と矛盾する様だが。

 そうでは無いのだ。

 流入した上で、そのまま文化が維持されることは稀。

 大抵元の物とごちゃ混ぜになる。

 そして、そこにカオスが生まれたりするのだ。

 旅行客用じゃない。

 街の人の御用達の店とか。

 土地の強みとか知ったこっちゃない品が並んだり。

 前世で言うとドリアとかナポリタン的な?

 そういう物だ。

 案外、新しい発見とかがあるかもしれない。


 こういうの、ほんとだったら危ないんだけどね。

 ほら、観光地ってさ。

 そこから離れると一気に治安悪化したりとかするじゃん。

 前世でも日本以外の国じゃそんな場所が多かった。

 この世界でもそんな感じ。

 だけど問題はない。

 俺の場合はそんな余計な心配をする必要がないのだ。

 ほんと、チート様様である。


 大通りを外れ、裏道を進んだ先。

 観光客が来そうにない場所。

 一気に街の風景が変わった。

 これまで小綺麗なイメージがあったのだけど。

 まず建物がボロい。

 なんか、陰鬱とした雰囲気だ。


 まだ日も高く。

 今日なんて天気もいいのに……

 スラムってやつか。


 この世界、気軽に移動出来ないからね。

 職を失ったから。

 住居を失ったから。

 そう言って新天地を求めて他の街に行くのは難易度が高い。

 命懸けの旅。

 それに他の街の情報なんて全然入ってこないし。

 着いた先がどんな状況かは賭け。

 現状を打開出来る可能性も限りなく低い。

 そんな訳で、大抵はその街に留まる。

 結果、どこにでもあるのだ。


 来る方向間違えたかもな。

 いくら通ぶるって言っても、こっち方向の店はちょっと。

 見てて楽しいものでもないし。

 そりゃ当然か。

 見てて楽しい所なら人も多くなってスラムじゃなくなる。

 道理である。


 匂いもきつい。

 燃えるゴミの日のマンションのゴミステーション。

 例えるならそれだろうか。

 冬なのに。

 これ、夏だったら鼻が曲がるレベルだろうな。


 人が道端で寝てるし……

 生きてるんだか、死んでるんだか。

 ま、冬は越えられまい。

 凍死か餓死か。

 どちらにしてもだ。

 衣食住が欠けた状態で生きられるほど。

 ここの環境は人間に優しくない。


 視線を感じる。

 別にそこまでいい身なりをしてるつもりはないが。

 至って平凡。

 ウーヌの人間の平均だ。

 でも、ここの住人からすれば豪華に見えるのだろう。

 冒険者相手に襲いかかったりはしないだろうけど。

 今はオフだからね。

 別に武器とか持ってないしそうは見えないか。


 一応、荷物はアイテムボックスの中にしまっておくか。

 念の為ね。

 別に襲われたところで軽く返り討ちだが。

 気づかないうちにスられましたとか、俺ならありえないとは言えないからね。

 無一文になったりはしないけど。

 痛くはある。

 取られないのに越したことはない。


 ここ、わざわざ来る場所じゃなかったかもな。

 せっかくリラックスしに来ているのだ。

 気落ちするというか。

 居て気持ちいい場所ではない。

 もしかしたらおっちゃんはこういうのも好きなのかもしれないが。

 自分のテンション下げてまで新規を開拓しても仕方ない。


 住人に絡まれても面倒だし。

 とっとと、退散……


 ふと、あるものが目に止まった。

 牢屋。

 いや、鉄でできたカゴか。

 ペットを入れるような。

 確か、ケージとか言ったっけ?

 まんま巨大化させたような形。


 そして、そこに人間が入れられていた。


 刑務所?

 こんな治安の悪いところに?

 まさか。

 そんなわけない。

 襲ってくれって言ってるようなものだ。

 それに地面に直置きされてるし。

 雑にも程がある。


 奴隷、か。

 久しぶりに見たな。

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