温泉 11
おっちゃんと別れ、部屋に戻る。
誘惑に負け、しっかり温泉入っちゃったからね。
散策するには遅くて、夕飯までは少し早い。
微妙に時間が余ってしまった。
普段なら完全に持て余す所だけど。
幸いなことにここは旅行先。
湯船で温まった体を冷ましながら、外の夕陽をぼんやりと眺める。
それだけで無限に時間が過ぎて行く。
ただの暇つぶし。
でも、充分に有意義ではある。
しばらく、ただ景色を眺めていた。
それほど時間が経ってはいないと思う。
ドアがノックされる。
その音でぼんやりとしていた意識が帰ってきた。
ドアを開けると、この宿のスタッフ。
確か、掃除していた娘だ。
夕飯を持ってきてくれたらしい。
室内に運び丁寧にテーブルの上に並べてくれる。
と言っても、プレートに乗ってるのでそう時間は掛からない。
ごゆっくりとだけ言い頭を下げ。
そのまま、次の部屋に向かって行った。
この手のタイプの宿でプレートというのも少々違和感ではある。
大抵はお盆だろうと。
まぁ、完全な言い掛かりなんだけど。
そもそも日本じゃないからね。
和風でもないし。
勝手に俺が面影を感じてるだけでしかない。
それもこれも、理想に近いからか。
だから、些細なことが気になってしまう。
違和感を感じるからどうってことでもないし。
別に女将に何か言ったりもしない。
ただ、そう感じたってだけの話だ。
この宿、宿なのに飯も結構美味いのだ。
普通だと思うか?
それは日本で生まれ、恵まれた生活を送ってるからこその感覚だろう。
宿は宿泊設備がメイン。
飯はおまけでしかない。
この世界じゃその感覚の宿が多いのだ。
もちろん、全てとは言わない。
前世でも場所によっちゃそういう所もあったはずだしね。
大体の傾向としてって事だ。
安宿は仕方ないけど。
値段が高くても、そんな感じの所が多々ある。
そんな中で、ここは地元で取れた旬の食材を出してくれる。
そりゃ常連にもなるよねって。
今日はキノコ系統がメインらしい。
前世じゃ何となく秋の味覚なんてイメージもあったが。
今は冬。
まぁ、色々違うからね。
何たって異世界だし。
この前の魚と同じ様な事だ。
見た目が似てるだけで、味も生態もまるっきり違う。
そんなのは珍しくもない。
キノコ全般がそうかは知らないけど。
少なくとも、ここに並んでる奴らの旬は冬なのだろう。
炒め物に、汁物に、サラダまで。
プレートが一目見てキノコ尽くしである。
なかなか食欲がそそられる。
他は、パンと酒があるだけ。
本当にキノコを味わってくださいって感じ。
これは相当期待出来ると見た。
ただ、炒め物と汁物は良いとしてキノコのサラダか……
これ見るからに生っぽいよな。
キノコの生食、ね。
少々躊躇する自分がいる。
生で食べられるキノコなんて、マッシュルームとトリュフぐらいしか知らない。
どちらも中々に特殊な見た目をしたやつ。
その点こいつはザ・キノコって感じ。
しかも、茶色いタイプではなく赤いタイプのキノコ。
本当に大丈夫なのだろうか?
まぁ、チートボディーだし。
仮に毒があったところで、大丈夫だとは思うんだけど。
前世のイメージのせいだろうか。
貝と違ってキノコの毒ってやばそうな感じしかしない。
食中毒でお腹壊しましたじゃ済まないような。
直通であの世行きのパターン。
チートを貫通してきたり、とか?
……ええい、ままよ!
あの女将が用意したんだし。
多分、大丈夫でしょ。
勢いで、口に放り込む。
キノコだけは少し怖いので、葉っぱ多めの割合だ。
ん?
すごいな、これ。
やはりキノコ、強烈な旨みを感じる。
普通、旨みなんて他の味覚に負けるもんだが。
これは強力だ。
それも他のキノコじゃ。
前世のキノコじゃ、味わった事無いほどに。
だからサラダか。
これほど食材の味を直で感じられる料理も少ない。
ドレッシングもかかってはいるが、そっちの味は実にシンプル。
キノコの旨みを引き立てるのが目的なのだろう。
塩に、この酸味はお酢かな?
酒があるからね。
お酢は結構いろんなところで手に入る。
ただ、ピリッとしたのは何だろうか。
一瞬香辛料かと思ったが……
それはないよな。
砂糖とかと一緒でそう手に入るもんじゃない。
後、めっちゃ高価。
この宿の宿泊料でそんなの出したら赤字もいいところだ。
……毒?
いやまさか、そんな訳無いよね。
でも、この感じ。
舌がピリピリすると言うか……
ま、まぁ。
毒は量だっていうしね。
これぐらいなら大丈夫でしょ、多分。
少量なら薬みたいな物だと思えば、ね。
ほら、水や酸素ですら摂りすぎは良くないとか。
死亡例もあるぐらいだし。
この世の中、大抵の物に毒があるのだ。
あまり気にしすぎても仕方がない。
強烈な旨み、もしかしたらこの旨みそのものが毒なのかもな。
前世でも似たようなものがあったはず。
うま味調味料の10倍以上の旨み成分をもつ毒キノコとか。
旨みそのものが毒らしく。
毒を抜くと旨みも抜けるとか言う。
特殊調理食材みたいなやつ。
あれも、確か少量なら食べて問題なかったはず。
まぁ、食べたことはないが。
動画越しに食べてる人がそう言ってたのを見た事があるだけ。
調べたりも一切無し、しかもうろ覚え。
完全に、ただの受け売りの知識ではあるけど。
……ポーション飲んでおくか。
いや、一応ね。
別に女将を疑ってるって事じゃないよ?
そもそも毒と決まった訳じゃない。
チートボディーだし。
仮に毒でも怖くはない。
これは、そう。
ただのチェイサー代わりである。
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