温泉 9
外の景色を眺めながら。
そんな、毒にも薬にもならない事を考える。
古代ギリシャの時代、哲学者なんてものが生まれた理由がよく分かる。
仕事なんかはほぼ奴隷任せ。
一日中余暇を過ごしていたとか。
俺はそういう訳ではないが、それでも1日の労働時間としてはそう変わらないだろう。
まぁ、偉大な先人と自分なんかを比べるのは失礼な気もするが。
俺みたいのがいっぱいいて、その中に天才も混ざってたという話。
人間、暇になるとこの手の無駄な事を考え始めるらしい。
哲学が無意味だとは言わないが。
俺やそれこそ一般人にとっちゃ無用の長物だしね。
少なくとも実利には直結しない。
賢者なんて呼ばれる人間は大抵どこか遠い目をしているものだ。
こういうゆっくりした時間は久しぶりである。
だから、かな。
思考がこんな遠くに飛んでいった理由は。
最近はなんだかんだずっとノアに付き合いっぱなしだったから。
振り回される側。
久しぶりの感覚だった。
疲れたけどね。
Aランク冒険者、しかも若者。
体力がすごいのなんのって。
まぁ、いざ学園に行ったら行ったで寂しかったんだけど。
難儀なものだ。
……賢者、ね。
あれ?
もしかして暇が理由じゃなくて。
アレのせいじゃね?
ふと、浴室の扉が開く音がした。
余計なことに気付きそうになった思考が中断される。
いや、ほぼ答えは出てるんだけど。
回答用紙に記入されていないので無効である。
男の娘相手に精魂使い果たして。
温泉旅行に来るほど憔悴してたとか。
そんな事実は存在しない。
入口の方に視線を向ける。
女将が戻ってきたのかと思ったが、違ったらしい。
湯気で良く見えないけど、シルエット的に少なくとも男だ。
まぁ、あれで戻って来たらね。
そういうことだと思ってしばらくは帰さない。
いや、冗談だけど。
あんな話しながら、何年も通って関係持った事はないし。
そこら辺の距離感が上手い人だ。
俺とはえらい違いである。
数週間と持たず。
嬢とノアに、上手いこと転がされた俺とは。
入って来たの、普通に宿泊客っぽいな。
ま、いくら閑散期とは言ってもね。
泊まってるのが俺だけって事はないだろうし。
日の高い間は宿内に人も少ないだろうけど。
何日か連泊してる人間もいるから。
宿内にいれば、そりゃ温泉ぐらい入りにくる。
じゃないとここに泊まる意味ないし。
自然と視線がもっていかれてしまうが、ジロジロ見るのも失礼だろう。
意識して外を眺める。
何故だろうな。
こういう時意識もしていないのに視線が流れてしまうのは。
別に男に興味がある訳じゃないよ?
俺は至ってノーマル。
ノアのせいで一瞬揺らぎかけたが、あれはあくまで例外である。
微妙な沈黙。
他の場所じゃ、こんなの気まずいったらありゃしない。
でも、不思議なもので。
温泉だとそこまで気まずく感じない。
あくまで個人的な感覚の話だけど。
全裸なのがいいのだろうか?
壁がない。
服という隠すものがないと言うのが。
まぁ、だからって温泉以外の場所で全裸で他人に会いたくはない。
ただの例え話である。
……あ、娼館とかは別だよ。
湯船に入ってきた。
俺の方に視線が向き、一瞬驚いたような反応。
もしかしたら一番風呂だと思ってたのかもしれない。
残念。
先に頂いちゃってます。
軽く会釈だけ。
気まずくはないが、俺はここで話しかけられる側の人間ではない。
たまにいるよね。
そういう人。
コミュ力が高いというかなんというか。
俺には一生理解出来ない気がする。
「よう、兄ちゃんもここの宿に泊まってるんか?」
どうやら、今入ってきた客。
この人はそっち側の人間だったらしい。
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