温泉 8
我ながら酷いやり取りだったと思う。
でも、こういうの好きなのだ。
向こうがどう思ってるかは知らないけど。
変わらず絡んでくれてるし。
少なくとも嫌われてない、はず。
そう思いたい。
冷静に考えればただのセクハラな気もするが。
許されてるうちはね。
変に真面目に考えても良い事はない。
しかし、女将は人がいいのか接客が好きなのか。
俺は両方だと思っているが。
本心のところは知らない。
どちらにしても、昔からノリが軽いのだ。
勘違いする人間も多そうなものである。
まぁ、迫られたところで上手いこと躱しそうだけど。
1人、広い浴室に俺だけだ。
腕を伸ばし、足を伸ばし。
湯船の端に座っていた体勢から、徐々に崩れ全身を沈める。
そこまで浸かると足に浮力を感じる。
逆らわずに全身を伸ばすように。
そのまま、縁に頭を預け仰向けになるような形。
流石に泳いだりはしないが。
真っ裸で、水面に浮くような格好。
一番風呂の特権。
人がいたら出来ない事だ。
自然と、天井に視線がいく。
ただ眺める。
木の板だ。
水滴が無数に付いていた。
それがポツポツと。
湯船に落ち、波紋を作る。
水滴の数に対して落ちる量が少ない気もするが、何故だろうな。
良く知らない。
前世の頃も疑問に思った事はあった気がする。
結局調べなかったけど。
でも、好都合だから別にいい。
リラックスしてるところに、たまに降って来る。
そしてビクッとなるのだ。
滅多に当たらないけど。
これ、頻繁に落ちてこられたら鬱陶しいことこの上ない。
酒をもう一口。
喉にアルコールを流し込む。
こうやってくだらない事を考えていられる時間。
俺はこれが好きだ。
人生の無駄だなんて言う人もいるかもしれないけどな。
無駄で結構。
人生ってそんなもんだろ?
過程を求めるか、結果を求めるか。
多分人によって違うのだろう。
何をするにしてもそうだ。
でも、人生ってものにおいては多分過程の方が大事なんだと思う。
だって結末は全部一緒だから。
人間、最後は死以外の終わりは存在しない。
結果を求めるなら、全員同じだ。
何かをする意味がない。
影響を与えないのだから、それこそどうでもいい。
そこに無駄も何もないだろう。
どうせ変わらないのだから。
なら、過程を大切にした方がいい。
少なくとも変わりようのない結果に何かを求めるよりは健全だ。
要は、楽しんだもの勝ちって事。
まぁ、俺の場合は死んだ後があって他とは結果が違ったような気もするが。
でも、更にこの次があるとは限らないからね。
次があったとして、その次は?
遠回りしただけで結果は同じ。
多分そうなる気がする。
無限に続くことも否定はできないけど。
俺みたいなおっさんじゃね。
無限と言葉にする事はできても、イメージが出来ない。
その言葉は限りなく長い有限でしかないのだ。
だから、仮に無限に続くのだと神に言われたとしても人生に結果を求めたりは出来ないししないと思う。
窓の方に自然と視線が引き寄せられる。
温泉街の街並み。
それを見下ろす。
森の中に切り開かれた町。
前世じゃそう見れなかったものだ。
いい景色。
素直にそう思った。
この世界じゃ夜景なんてものはほぼ存在しない。
夜は明かりが消えてるからね。
それが楽しめるのは、眠らない街だけ。
前世じゃ都会は大抵眠らない街だったような気がするが。
そんな街、この世界にあるのだろうか。
少なくともこの国にはなさそうだ。
20年以上前のこと。
王都にいた頃も、夜は真っ暗だった。
だから、景色ってものは日の出てる間の特権だ。
酒を飲みながら眺める。
この世界じゃ別に贅沢な景色って訳ではないのだろう。
自然たっぷりだしね。
むしろ、自然を感じられない場所の方が珍しい。
でも、俺には前世の感覚が残っているから。
この景色をその価値以上に贅沢に感じられる。
お得だよね。
そんなちょっとした優越感の積み重ね。
これが俺の人生の全てなのだろう。
虚しいと思われそうだけど。
俺は最高に楽しんでる自信がある。
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