温泉 2

 外套を羽織り、家を出た。

 雪を踏み締める。

 新雪特有の軽い踏み心地。

 どこか癖になる感触だ。


 雪が降っているとは言っても、別に大雪ってほどじゃない。

 まだ冬に入ったばかり。

 今の時期からそんな状態だと春を迎える前にこの街が雪に沈んでしまう。

 俺にそんな場所で長年住み続ける胆力はない。

 前世の感覚で言えば、この雪も積もるような感じでは無いのだけど。

 それでも街が白く色づいている。

 きっと、前世とは街の造りが違うからなんだろうな。


 いわゆるコンクリート。

 前世じゃ、建物に道路にありとあらゆる場所にこれが使われていた。

 コンクリートジャングルなんて言葉もあったレベル。

 安価で、自在に形成が可能で、寿命が長い。

 これ以上無いと言える程の建材だ。

 そして、このコンクリート熱伝導率が高いらしく。

 ついでに蓄熱性もかなり高い。

 熱を持ちやすく冷めにくい。

 つまり、降る雪が溶けやすいって事だ。

 感覚のズレの原因はおそらくこれ。

 その点、こっちは道といっても土を慣らして押し固めてるだけだからね。

 必然的に雪が溶けにくく積もりやすい環境なのだろう。


 地面に足跡を残しながら、慣れた道を進む。

 目的地はギルドだ。

 いや、温泉には行くんだけどね。

 その前に受付嬢に声を掛けてからにしようかと。

 別に大した手間じゃないし。


 この前の一件、アレはあまり関係ない。

 少なくとも直接的には。

 まぁ、街を離れるときは報告してくれると嬉しい的な事を言われたが。

 それも結局義務じゃないしね。

 守る義理はない。

 自由なのが冒険者のいい所なのだ。

 無視しすぎて縛りを増やされるのもごめんだけど。

 だからって、逐一従ってたら意味ないし。

 そこら辺は適当に。

 最悪、いろいろ制限されたとしてそれから考えればいいのだ。


 俺が受付嬢に報告を入れようってのは、それとは別。

 ほら、不意にノアが帰ってくる可能性もあるじゃん?

 その時、俺が行方知れずだと困るでしょ。

 だから念のため。

 あ、そういう意味じゃ無関係では無いのか。

 この前の一件のおかげで今の関係性が出来た訳だし。


 まぁ、冬に街間の移動なんて普通はしない。

 危険極まりないし。

 しないんだけど、ノアはAランクだからね。

 その手の常識は通用しない。

 多分、やろうと思えば王都からこの街まで単身で走って移動なんて芸当も不可能では無い。

 気軽に来れる距離ではないし。

 そもそも、今は忙しいだろうから無いとは思うけど。

 でも、突然帰って来る可能性もゼロとは言えない。


 知りもしないAランク冒険者とは違うのだ。

 ギルドの都合の為に、不必要な手間をかけるつもりは無いが。

 まぁ、友達のためならね。

 この程度の手間は別に惜しくもない。

 流石に連絡手段まで用意するつもりはないけど。

 少なくとも。

 何も知らずに待ちほうけるよりは健全だろう。


 あ、あくまでも友達の為にだからね?

 他意は無い。

 純然たる友情、もとい友愛なので。

 そこらへん勘違いはして欲しくない。


 ギルドに入ると、そこら中から視線が……

 いや、街を歩いてる時から結構見られてはいたんだけど。

 ここは特にって感じ。

 最近はもう慣れたものだ。

 ノアが来てから。

 正確にはノアが外でスカートを履くなんて暴挙をやってからだろうか。

 有名人だからね。

 当然のように注目の的、一瞬で噂が広まった。

 ついでに、隣にいた俺もって形である。


 彼氏扱い、的な?

 あの日はただ普通に飲みに行っただけなんだけどね。

 ノアが唐突にスカート履いてきただけで。

 別に、デートとかをしていた訳では無い。

 その後色々あった気もするが。

 少なくとも、初めはデート的な物ではなかったはず。


 ま、絡んでは来ないから別にいいんだけど。

 ただ訝しげな視線を向けられるだけ。

 目立ってんなぁと。

 そんな感想を抱く。

 いや、元々結構な悪目立ちはしてたんだが。

 薬草採取だけやって昼間からギルドで飲んだくれてた訳だし。

 顔を指されやすい側ではあった。

 単に今はその比にならないってだけで。


 まぁ、そこの相乗効果もあったのかもな。

 普段飲んだくれてる様なおっさんが、この街の英雄様と噂になったとなれば。

 そりゃみんなも気になりますよねって話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る