五章

温泉

 例の、突然の呼び出しからしばらくの時間が経った。

 Aランク冒険者から話があると聞かされ、何事かと随分身構えた物だが。

 過ぎてみればどうってことなかった。

 いや、別の意味で色々あったんだけどね。


 ノアも王都に帰って行って、今は1人。

 強烈なイメージで上書きされてしまったが、あれでも上級冒険者なのだ。

 いろいろ忙しいのだろう。

 むしろ、少しの間だけでもこの街に留まっていた事が異常である。

 その間の出来事は……、黙秘って事で。

 まさか嬢に嵌められるとは。

 いや、正確に言えばハメさせられた訳だが。

 女の友情ねぇ。

 お前らは男女だろと言ってやりたい。


 俺の好みを片っ端からバラしおって。

 おのれ。

 そのおかげで、ただでさえ色っぽかったノアが日に日に魅力的になっていくという。

 天国なのか地獄なのか。

 まぁ、少なくとも目の保養にはなったか。

 精神衛生上はあまりよろしく無かったが。

 スカートを履いて来た時は目を疑った。

 有名人だろうに。

 普段とは別の意味で街中の視線を集めていた。


 ただ、おかげで自信はついたらしい。

 果たしていい事なのかどうか、少々疑問ではあるが。

 まぁ、せめてプラスに考えよう。

 人生ポジティブ思考の人の方が幸せだ。

 ハメられなかっただけマシ。

 そう思う事にする。

 学園での講師の仕事、あれを受けることにしたらしいし。

 つまり、意味はあったと。


 寧ろ、きちんとノアの背中を押せた訳で。

 これは恩人面しても問題ないレベルでは?

 別に強制した訳じゃない。

 あくまでお勧めしただけ。

 実際、ノアも学園での講師の仕事に魅力は感じてたしな。

 問題は自信だけだったのだ。

 俺が結構強めに勧めたのもあるだろうが。

 それでも、最後は自分で決断していた。

 当初の自信をつけさせるって目的は達成された訳だ。


 今頃、学園の生徒相手に四苦八苦してる頃だろうか。

 新人講師。

 しかも、庶民の出だ。

 そりゃ舐められる。

 教えるどころか、なんとか話を聞かせるだけで精一杯って所かな?

 いや、案外上手い事やってるかもしれないけど。

 再会したばかりの自信なさげな頃とは違って、今のノアはずいぶん強かになったし。

 具体的に言うなら嬢と共謀するぐらい。

 その性格とカリスマ性が有れば。

 貴族の子息達と言えど、案外おとなしくなるかもな。


 ノアからは、たまに酒やら食材が送られてくる。

 ついでに手紙も。

 俺としては望み通りになった訳だが。

 何故だろう。

 してやられた感がかなり強いと言いますか。


 まぁ、見方を変えれば異世界に来て初めての友達が出来た訳だ。

 ……うん、友達である。

 男女の友情が成立するように、関係があっても友情は成立するのだ。

 相手がどう思っていても。

 俺が友達だと思ってるうちは友達である。


 多分。


 息を吐いた、ため息ってほど深くはない。

 軽く。

 それに色が付いた。

 白。

 ゆっくりと広がり、そのまま宙に溶け、消えていく。

 水蒸気が水滴に変わったらしい。


 そういえば、最近は少し肌寒くなってたな。

 いつの間にかここまで気温が低下していたらしい。

 ギルドに来る冒険者の数も減っていた気がする。


 ……もう、そんな時期か。


 窓の外に視線を向ける。

 白い綿。

 それが空から街へ降り注いでいた。

 雪だ。

 下を見ると一面真っ白。

 まさに銀世界。


 いつの間にか世間はすっかり冬になっていた様子。

 しかし、雪が降ってからそれに気づくなんてな。

 俺としたことが。

 普段はそんな事ばかり意識して生きているのだけれど。

 今回は気づくのが遅れてしまった。

 酒飲みにとって季節は大事だ。

 酒もつまみも種類がガラリと変わってくる。


 気づかなかったのは、ノアのせいだろうな。

 いつぶりだろうか。

 気がついたら季節が過ぎ去っていたなんて感覚は。

 ついこないだの事なのに。

 その記憶へ既に懐かしさすら覚えてしまう。

 あぁ、楽しかったな……


 何だろうか、この感覚って。

 ノアには散々振り回された訳だけど。

 いざ居なくなられると。

 ほんの少しだけ寂しい様な。


 ……


 温泉旅行にでも行ってきますか。

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