A級 12

 普段飲んでる様な大衆居酒屋って訳にはいかないよな。

 俺は知らなかったけど。

 有名人らしいし。

 街を歩いてる今もチラチラ視線を感じる。

 ただAランクってだけならともかく、この街でしばらく活動してたからな。

 これも当然の扱いってやつなのだろう。


 と言っても、別に大した店は知らない。

 金がもったいないからね。

 高級店にはあまり立ち寄らないのだ。

 その分回数飲めた方がよっぽどお得でしょという思考回路。

 まぁ、個室あればいっか。

 誘われたって事自体が嬉しそうだし。

 どんな店でも、まず文句を言っては来ないだろう。


「やってる?」

「お、いらっしゃい」

「今日は個室でお願い」

「珍しいな」

「連れがいるからね」


 連れと聞き、ノアの方を見て驚く。

 そして納得といった感じ。

 本当に有名人だな。

 一眼見ただけで分かったのか。


 前世で言う野球選手みたいなものだろうか?

 地元出身のスターなら、そら大体の人が把握してる。

 個室に通された。


「まずエールを2杯、後は酒とつまみをおまかせで」

「了解っと。ロルフの旦那ちょっと頼み事いいか?」

「なんだ?」

「ノア様にサインをもらいたいんだが」

「自分で頼め」

「えー、いつものよしみで頼むよ」


 呼び方、様付けて統一なんだな。

 まぁ、雰囲気あるもんな。

 気持ちはわかる。

 サインぐらい、頼んだら書いてくれそうな物だが。

 恐れ多いって感じか。

 だからって俺経由で頼むなと言いたいが。

 俺がお願いしたら、強制的に書かせたみたいになるじゃん。

 それはどうなの?


 あと、単純になんか癪に触った。

 おっさんが一回り以上年下の人間様付けはちょっと寒気するし。

 貴族相手とかならともかく。

 だから、別に邪魔はしないから自分で頑張れ。


「先輩、すいません」

「ん?」

「注文とか僕がするべきだったのに」


 あぁ、確かノアの認識ではそうなるのか。

 余計なことを気にするんじゃない。

 それにDランクがAランクこきつかってたら違和感すごいだろ。

 知らない人相手ならともかく。

 ここの店主はノアのこと知ってるっぽいし。


「俺がホストだからいいんだよ。気にするな」

「でも……」

「ほら、乾杯」

「あ、乾杯!」


 何か、飲み慣れてなさそうな感じ。

 これ普段は飲んでないな。

 女の子相手に夜な夜な遊んでたり、とかも無いのだろう。

 そんなことしてれば、とっくに自信なんてついてるし。

 ちょっと無理してついて来たのだろうか?

 誘われて嬉しそうではあったんだけど。

 ま、別に強制はしていない。

 それに、冒険者なんて飲めてなんぼだ。


 本当は良く無いんだろうけど。

 今回は俺がいるし。

 多少無理してもどうとでもなる。

 問題ない、かな。


「それで、話の続きをしようか」

「はい」

「ノアは何か勘違いをしてるらしい」

「勘違い、ですか?」

「俺は別に凄かないって事」


 好感度はそのまま高くいて欲しいけどね。

 評価もこのままだと問題起きそう。

 本当に力を付けて、それこそ実現可能な状態で今回みたいな話持ってこられても困るし。

 学園も人が運営してる施設、無理を押し通すのも不可能ではないのだ。

 ただ単に、今のノアには無理ってだけで。


 憧れ、か。

 それは目を濁らせる。


「俺はDランクの冒険者で、お前はAランク。それが全てだろ?」

「そんな事無いです! 先輩は」

「あの時は年上の俺の事が多少凄く見えたのかもしれないけど、ノアは俺の事なんてとっくの昔に超えたんだよ。そもそも、当時だって別に凄くはなかったし」

「……」

「かっこいい大人ってのはいつまでも憧れでいられるんだろうが、あいにく俺はその手の人間じゃ無いからな」

「超えてなんて、今でも僕の憧れで」

「憧れがしょぼくて情けない限りだが、俺みたいなのにいつまでも人の夢でいろってのはさ無理な話なんだよ」


 俯いてしまった。

 でも、実際そうだろ?

 よくあることだ。


 学生時代カッコよかった先輩。

 久しぶりに再会したら、自分の働いてる会社の下請けにいた。

 残酷だが、現実だ。

 もう大人になったんだよ。


「そんな、先輩は!」


 おっと、危ない。

 テンションが上がってしまったのか、言葉と同時に拳を振り下ろす。

 手を滑り込ませた。

 ギリギリセーフ。


 かなりの威力だ。

 自分の力を考えろ、これ俺が防がなかったら絶対机叩き割ってたぞ。


「……あ、すいません」

「熱くなるのはいいが、物に当たるのはよくないな」

「はい……」

「そうしょぼくれるな」

「やっぱり先輩は先輩です」

「お前なぁ」

「ごめんなさい」


 ま、尊敬される事自体に悪い気はしない。

 ただ、俺がDランクなのを忘れてくれるなよって事。

 今回みたいなのを持ってこられても困る。

 肉とか酒なら喜んで受け取るけど。

 それだけの話だ。


 ついこないだまで覚えてすらいなかった相手に先輩風を吹かせてる訳だが。

 でも、別にいいでしょ?

 俺は気持ちいし、向こうは嬉しそうだし。

 実にWin-Winな関係である。

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