A級 11

 ……あ、ついバッサリ断ってしまった。

 かなりしつこかったし。

 そのまま、勢い余って。

 いや、どうせ断るんだけどね。


 俯き分かりやすく落ち込んでいる。

 ちょっとかわいそう。

 多分、善意100だったんだろうしな。

 いい奴ではあるっぽいんだよね。

 どうしたものか。


 そもそも、ノアは何か盛大に勘違いしてるらしい。

 正常性バイアスだっけ?

 記憶があやふや、もしかしたら違ったかもしれないが。

 ともかく、だ。

 彼の状態を表すとしたらそんな感じ。

 あのノートがあったから僕はAランクになれた、ね。

 まさかそうなるとは。


 俺としては、あれは苦い経験ぐらいで終わると思ってたんだけどな。

 騙されるから他人は簡単に信用してはならないという教訓。

 田舎から出てきた世間知らずは大体通る道だ。

 むしろ、ノートの金額は勉強代としては良心的な方だろう。

 飲み代の補填分が欲しかっただけだから、当時の本人としては高額だったかもしれないがそれでもたかが知れてる。

 借金にもならない程度。

 売ったノートも内容に嘘は無いし。

 怪我や、それこそ命の危険なんかには繋がらない。

 まぁ、正当化もいい所だけど。

 偽らざる本音でもある。

 まさかそれを、ここまでしかもこんな形で引きずるとは想定していなかった。


 もっとふんだくられていれば違ったのかもしれない。

 微妙な金額だったのが逆にって所か。

 結局痛い目に遭ったとは思ってないみたいだしね。

 適正価格。

 それどころか、むしろお得に譲ってもらったとすら思っていそう。


 タイミングも良く無かった。

 実際ノアはAランクまで上り詰めた訳で、そのきっかけを自分ではノートだと思い込んでいる。

 あのまま成長してしまった訳だ。

 俺は見出した人扱い。

 一歩間違えたら、師匠とか呼び出しかねないレベル。


 俺がDランクなのはご承知だと思うんだが。

 それでも凄い人に見えてるのか。

 特に、当時は。

 ノアは相当若かったし、大人なんて大抵立派に見えるものだ。

 その時のイメージがそのままって事なのだろう。

 Aランクになった今でも。

 だから、自分の代わりに学園の講師をなんて無茶を言い出すまでになった訳だ。

 盲目もいい所だな。


 このまま放置して帰りたい気分。

 めんどくさいし。

 が、まぁAランクとのコネはあってもいいか。

 便利そう。

 少なくとも、損はない。

 特権とでも言えばいいだろうか。

 前世でも上級国民なんて呼ばれる存在がいた訳だが、どの世界でもその手の人間は存在するらしく。

 特に、この世界は身分の差が激しいからね。

 Aランク冒険者は当然上級側。

 色々と融通が利く。


 まぁ、自分でランクを上げればいいのかもしれないが。

 特権は欲しいけど、義務を果たすつもりはない。

 完全なわがままだけど。

 だから、これまでランクを上げようとは思わなかった。


 それを彼が担ってくれるというなら、多少の手間ぐらいなら掛けてもいい。

 義務を果たすよりずっと安くつく。

 貴族しか手に入らないような特選品、あとは酒とか。

 金だけでは難しい物もあるのだ。

 立場として、あって損はない。

 幸い、好感度の方は十分稼ぎ終わってるみたいだしね。


 学園の講師なんてポストを譲ろうとするぐらいだ。

 コネとしての強さは十分期待できる。

 後は、適当に言いまかして学園に送り込んでしまおう。

 上手くいけば貴族とかSランクとか、そこまで上り詰めるかもしれないし。

 またお礼と称して色々くれるかも。

 その時なら、堂々と恩人面も出来るってもの。


 貴族様からの恩返し、か。

 なかなか期待出来るんじゃないか?


「そう言えば、もう酒が飲めるようになったんだよな」

「……え?」


 顔を上げた。

 目が赤い。

 いや、泣くなよ。


 本当に自信ないんだな。


「ほら、当時はまだ飲めなかっただろ」

「そうですね」

「先輩らしく、飲みに連れていってやるよ」

「本当ですか!」


 分かりやすくテンションが上がった。

 そんなに嬉しいか?

 まぁ、乗り気なのは好都合。


 あ、ちなみに。

 飲めなかった云々は、ただの勘である。

 性別も知らなかったぐらいだからね。

 そんな情報を知る筈もなく。

 若かったし、その可能性が高いと踏んだのだ。

 外れたら?

 ……当たったから、良し。


 こういうのは酒の力を借りればなんとかなるもんだ。

 シラフで話してても仕方ない。

 それに、酔わせれば第二の矢が使える。

 自信の方もバッチ来いってもんよ。


「せっかく慕ってくれてる訳だしな。Aランクへの昇格祝いも兼ねて」

「先輩!」


 あと、流石に視線が痛い。

 先輩ぶって、と。


 ギルド長と受付嬢から何様だ的な視線が常に突き刺さっている。

 ノアが文句言わないから何も言ってこないけど。

 Aランク冒険者から尊敬されてるっぽい雰囲気なのに、彼らからの評価は変わらないらしい。

 大抵見直されたりするもんだけどな。

 どれだけ俺の普段の行いが評判悪いんだっていう話だ。


 まるで酒の席で突然語り出したおっさん社員でも見る様な。

 ……あぁ、そうか。

 俺、現在進行形で酔っ払いだったわ。

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