A級 10

「僕は、その……自信がなくって」

「ふーん」

「こんな大役、自分には分不相応なんじゃないかって」


 自信、ね。

 Aランクにもなってそれが無いと言うのも、なかなか変な話の気もするが。

 本当に無いんだろうな。


 謙虚なのは美徳だとは思うけど、この世界じゃ損しかしないだろうに。

 講師が面倒で、それを建前に断るとかならともかく。

 そんな感じでも無さそう。

 これで良くAランクまで上り詰められた物だ。

 冒険者なんて、それこそ自我の強い人間しかいないだろうに。

 実力が飛び抜けていたって事か。

 だからこそ、こんな話も来たんだろうし。


 学園の講師に魅力を感じていない訳ではないのだろう。

 だったら、こんな話を持って来ないはず。

 単に自信がないと。

 理由はそれだけって事か

 ま、そこは別にどうでもいいのだが。

 止める必要も進める必要も無い。

 俺には無関係だし。

 ただ、その結果として何故俺に話を持ってきたのかって事で。


「なら、普通に断れば良かったんじゃ」

「僕もそのつもりだったんです。ちょっと勿体無いですけど」

「うん」

「でも、その時先輩の事を思い出して」

「うん?」


 何故にそこで俺?


「あのノート、先輩が書いたんですよね?」

「まぁ、そうだけど」

「おかげで、僕みたいな人間でもAランク冒険者になる事が出来ました」

「いや、それは違うんじゃ……」


 多分、元々才能があっただけだと思うけどね。

 きっかけにこそなったかもしれないけど、それにノートの内容はあんまり関係ないだろうし。

 損失回避ってやつ?

 人間、どう得をするかより損を避けたいという欲求の方が強いらしい。

 当時のノアからしたら結構な金額を払ったはず。

 支払った対価の元を取ろうと、努力の後押しぐらいにはなったのかもしれない。


 ただ、当然誰もがAランクになれるようなノウハウなんて書かれて無い訳で。

 そもそも、そんな物存在しないだろうし。

 別に嘘を書いたつもりもないが、そこまで有用な内容でも無かったはずなのだ。


「そんな、謙遜しないでください」

「別に謙遜してるつもりは」

「実は、学園の人が授業に使ってる教材を見せてくれたんです」

「へぇ」

「それにも全く劣らないクオリティーだったと思います!」

「……そこはね」


 そっちは、だろうなと。

 別に否定はしない。

 だって、内容は俺が考えた訳じゃないし。

 本を纏めたに過ぎない。

 いくつかの参考文献から適当に。


 この世界で本を書いてる人間なんて著名人ばかり。

 そもそもが、高級品だし。

 魔術系の書籍となれば尚更、買う方もそれなりの知識と事前情報を持って購入する。

 誰でも出せるような物じゃないのだ。

 だから、大抵クオリティーが高い。

 そりゃ、それを纏めただけなんだから学園の教材にも見劣りはしないだろう。

 変に謙遜しても著者に失礼だし。

 と言うか、普通に学園で教鞭を取ってる人の著作も多かったはず。


「だから、代わりに講師になりませんか?」


 ……なるほどね、あの一件でここまで過大評価されるとは。

 ごめん被る。

 そもそも、俺にそんな能力はない。

 いや、あるのかもしれないが。

 魔眼とか使えば魔力の流れ見えそうだし、応用は効きそう。

 ただ、それを発揮したことはない。

 発揮するつもりもない。


 こいつはたまたま才能があっただけ。

 その結果今の地位にいるのだ。

 別に俺が見出した訳じゃないし、当然あのノートのおかげで育った訳でもない。

 ただの勘違いだ。


 それに、あれを元に学生相手に授業とか考えたくもない。

 笑われるて。

 絶対、聞き覚えあるもん。

 教科書をただ読み上げてるのと何も変わらない。

 ノート書いたのが20年以上前だから、もしかしたら多少内容が変わってるかもしれないが。

 それはただ時代遅れってだけだし。


 しかも、講師の肩書きはDランク冒険者。

 お前は学園に何をしに来たのって話だ。


 と言っても、こいつは根本的な部分で理解出来ないだろうしな。

 学園の授業なんて当然受けた事無い訳で。

 本もそこまで読んだ事無いのだろう。

 読んだとしても、ランクを上げた後だろうな。

 書いてあるのはノートと似たような事。

 そんな人間からすりゃ、確かにあのノートは凄そうに映ったのかもしれない。

 実際はノートの方が後で。

 しかも、ただ本を読んで纏めただけなのに。


「熱くなってるとこ悪いけど、そもそも俺がノアの代わりになんて無理だと思うよ」

「そんな事、無いです!」

「どこに俺を捩じ込むような権力あるのよ。ただのDランク冒険者を、学園の講師になんて」

「先輩は素晴らしい人です。だから、話せば分かってくれるはず」

「素晴らしい、ねぇ」

「その方が生徒のためにもなりますし、一緒に説得しましょう!」

「……嫌だよ、めんどくさい」

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