A級 5

 そう言うと、受付嬢は奥に引っ込んで行ってしまった。

 待ってろって事は今ギルドに居るのか。

 いつ戻ってくるかも分からないのに、暇なAランク冒険者もいたものである。


 まぁ、それだけあのポーションが魅力的なのかもしれないが。

 本当に有るなら、手に入れればとんでもない利益になるし。

 仮に独占でもしようものなら、大金を稼げるとかそんなチャチな話じゃない。

 建国、自分の国を作れるレベルだ。


 どの程度の野望を抱いてるのかは知らないけれど。

 興味はある。

 結局、肝であるポーションが存在しない以上はただの絵空事。

 全ておじゃんになってしまう訳だが。

 どんな計画を立て、どんな未来を妄想したのか。

 俺が無関係だったらな。

 その様をただ笑って眺めていられたのに。


 ……暇。


 いや、すぐ戻ってくるんだろうけどね。

 向こうとは違って、俺は待ち時間が好きじゃないのだ。

 余暇は好きだけど。

 違いはそこに自由があるかどうか。

 スマホなんて無い訳で、空き時間を潰す術が少ない。

 後に楽しみが待ってるってなら話は別だが、あるのは面倒事だし。

 余計に長く感じるってもの。


 本でも読めるなら多少はマシなんだけど、あれ高級品なんだよな。

 持ってるには持ってるんだけど。

 俺がここでコーヒー片手に読書は違和感半端ない。

 これから色々誤魔化そうってのに。

 なんの面白みもない、ただのDランク冒険者ですよって主張するのにだ。

 そんな疑惑の種を増やす様な事はしたくない。

 こっちには探られると痛い腹があるのでね。


 ふと、酒場が目に入った。

 ギルドに併設されてる、俺が普段から飲んでる大衆酒場。

 酒でも飲んでればあっという間なんだけど。

 ……ん?

 別に、今から仕事する訳じゃないんだよな。

 やる事と言えば冒険者と話をしに行くだけで、しかも義務でもなんでもないし。

 善意での協力。

 特に何かお金が貰える訳でもない。

 今日は普通に休日な訳だ。


 なら、別にいいでしょ?


「おばちゃん、エールひとつ」

「これからお偉いさんと会うんだろ、やめとき」

「……ケチ」

「ケチって、あんたねぇ」

「ちょびっとだけでも」

「いい年して、わがまま言うんじゃありません」


 残念、俺と受付嬢の会話を聞いてたらしい。

 この人真面目なんだよな。

 偶に飲み過ぎも注意されるし。

 酒屋の店主のくせに。

 ギルド併設だからだろうか、お役所仕事がうつってやがる。


 ……あ、そうだ。


「なら、つまみは?」

「それだけなら、まぁ。仕方ないね」

「後お水ね」

「はいはい」

「あんがとさん」

「ったく、調子いいんだから」


 目の前につまみとコップが揃った。


 所で、俺は今日ギルドにお土産を持って来た訳だが。

 中身はズバリ酒。

 もちろんおばちゃんに渡す用なんだけど。

 あ、後ついでに受付嬢ね。

 一緒に飲もうと思ってたから、ちょっと多めに持って来ているのだ。

 仮に、飲み切ってしまったとしても。

 アイテムボックスの中にも自分の分が入ってるし。

 最悪後日詰め直して持ってくればいいだけ。

 我ながら完璧だな。


「なんだい、それ?」

「ジュースだよ」

「アルコールの匂いする気がしたけどねぇ」

「アルコール入りのジュース」

「……はぁ。ダメだって言ってるだろう?」


 ひょいと取り上げられてしまった。

 ちょっと待ってほしい。


「いいかい? おばちゃん」

「また言い訳?」

「今日、俺は仕事をしにギルドに来た訳じゃないの」

「だろうね」

「急な呼び出しに応じるのも、俺の善意で何か義務がある訳じゃない」

「それはそうね」

「休日に酒を飲んで何が悪い!」

「屁理屈はいいから止めときな」


 強情な。


「これ、おばちゃんも飲みたくない?」

「今度は買収かい?」

「違うって、もともとお土産のつもりで買って来たんだよ」

「それを目の前でひとり飲み始めようと、ね」

「まぁまぁ」

「にしても、やけにドロっとした酒だね」

「興味出た? 珍しいでしょ」

「それは認めるけど、今飲むなって言ってるだけで後で」

「港町で買った酒なんだけど」

「無視とはいい度胸だね」

「なんでも、数が少なくて滅多に出回らないんだとか」

「……へぇ、希少品」


 お、釣れたか?

 表情が明らかに変わった。

 興味深そうにコップに入った酒を眺めている。

 白く濁っていて、どろどろとしたそれを。

 数が少ないからね。

 次いつ手に入るか分からない、かもしれない。


 嘘ではない。

 大将もそんな感じの事言ってたし。


 このおばちゃん、酒が好きなのは確かだしね。

 ギルド併設の大衆酒場だからか、珍しいのはあまり置いてないけど。

 癖の強いつまみを上手く酒と合わせてくれる。

 おそらく、無類の酒好き。

 そんな人間が初対面の珍品相手にどれだけ我慢できるか。

 今も視線が酒の方に向いている。

 気になって仕方がないといったご様子。


「……少しだけなら」

「よし来た!」

「つまみは何が良いんだい?」

「匂いの強いやつだな」

「これなんてどう」

「内臓?」

「ゴブリンの肝臓だよ」

「いいねぇ」


 堕ちたな。

 あっという間に、もう一杯のグラスとつまみが用意された。

 にしても、内臓か。

 しかもゴブリン。

 肉系とは合うか賭けみたいな所あるが。

 試してみないと分からないしね。

 俺は料理人じゃないんで、勘はあまり当てにならない。

 少しの冒険だ。


 乾杯!


「どう?」

「こりゃ、随分と癖の強い酒だね」

「苦手?」

「んにゃ、私は好きだよ」

「そりゃいい」


 この組み合わせも悪くはないな。

 刺身には劣るが、内臓の臭みがいいアクセントになってる。

 より癖も強くなってるけど。

 酒好きならいける、むしろ好みって感じ。


 しかし、ゴブリンって結構美味いんだな。

 硬い上に雑味が強くて食えたもんじゃ無いという話を聞いたことがあったんだが。

 あくまで肉の話か。

 でも、部位によらず全身ほぼ投げ売り状態のはずだし……

 おばちゃんの腕かね。

 シンプル塩振って焼いただけの料理にしか見えないんだけどな。

 下処理とかが上手いのだろうか。


「本当は刺身との相性が最高なんだけどね」

「そう言われると食べたくなるね」

「今度の港町行く時に連れてってあげようか」

「老体に馬車は無理だよ」

「ありゃ、残念」

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