港町 11

 部屋で水浴びだけ済ませてホテルを出た。


 チェックアウトまで、まだ時間はあったんだろうけど。

 あのままいたら欲望に流されかねなかったので。

 それぐらいよろしくない物質が脳内に噴出していた。

 視線が、ね。

 ついつい膨らみに引き寄せられてしまうのだ。

 息子の方も同様に反応してしまう。

 男としての難儀な部分である。

 本能に打ち勝ち、誘惑に耐え切れた俺を褒めて欲しい。


 結局、彼女は熟睡したまま。

 起きる気配無し。

 なので、声もかけずに出てきてしまった形だ。

 多少失礼なような気もするが。

 まぁ、別にいいでしょ。


 そういう鬱陶しいのが嫌だから、わざわざ娼館で女の子を買っているのだ。

 気にするのが苦で無ければとっくに彼女でも作っている。

 ……本当だよ?

 作れないんじゃなく、作らないだけ。

 俺が本気になれば、彼女の1人や2人あっという間に。

 って、これは置いておくとして。

 失礼とは言いつつも、別に向こうも俺に挨拶していって欲しいとか思ってないだろうからね。


 朝起きて客がいるのとか、鬱陶しいことこの上ないでしょ?

 寝起きで接客するはめになるのだから。

 まぁ、俺は朝まで買った訳だし。

 そこも含めて一応仕事の範疇ではあるんだけど。

 サボるとかそう言う話ではなく、居ないならそっちの方が嬉しいよねって事。

 そう、仕事なのだ。

 一夜を共に過ごしこそしたが、そこに特別な感情は存在しない。

 故に、早く終わるに越した事はないよね。


 ホテルを出た訳だが、まだ早朝だ。

 こんな時間から飲み屋なんかが空いてる訳もなく。

 どうしたものか。

 市場に行くのも、ね。

 あそこなら、この時間でも漁師向けの食堂なんかがやってるだろうけど。

 流石に飽きた。

 働く男の朝食みたいなの好きではあるのだけど。

 一応、俺は何度もこの町に来ているのだ。

 流石にそこは履修済み。

 なんなら初めてこの町に来た時にも行った気がする。

 味としては普通なのだ。

 雰囲気を楽しむもので、別に観光で何度も行くような場所じゃ無い。


 考え事をしながら、自然と朝日の方向に足が向く。

 まだ角度の低い光。

 真正面から、目を細め全身に光を浴びる。

 それだけで気持ちがいい。

 ウーヌでも同じ事は出来るのだが。

 旅行先でやるのは、また気分が違ってくるのだ。


 別に、目的なく歩いてる訳ではない。

 確かこの方向……

 あった、見えてきた。

 海だ。

 日の光を反射し、キラキラと輝いている。


 昔、この町で日の出を見た事があった。

 水平線から浮かぶ丸い光の塊。

 なんて事ない光景なのに、今でもその時の景色が脳裏に焼き付いている。

 記憶では海辺だったと思う。

 と言うか、この辺りで綺麗な水平線が見れるのなんて海ぐらいだしね。

 仮に、海の方から日が上がる訳じゃなかったとしてだ。

 それで港町で日の出を見ようなんて思うほど、俺は粋な人間ではない。


 この町の海岸は大きく二種類に分類される。

 船が着岸できるように整備された港と、人の手があまりつけられていない砂浜。

 砂浜と言っても天然の砂浜だ。

 前世の、綺麗なビーチとは違う。

 ゴツゴツとした岩もありつつの、砂地が多いから一応砂浜ではある程度の物。


 そこを歩く。

 海が寄せては引いていく。

 波。

 その音を聞きながら。

 ただ、境界を進む。


 エモいとでも言うのだろうか。

 別に、悩みなんて無いんだけどね。

 心が洗われるような気になる。

 センチな気分ってやつ。


 この時間は満潮気味なのだろう。

 海が手前まで来ている。

 普段だったら、波打ち際を歩くなんていま俺がやってる行為。

 岩場のせいで大変な重労働だったはずだ。

 当然、そんな状況じゃこんな気分にもなれなかったはずで。

 ……運がいいな。


 靴を脱ぐ。

 せっかくの幸運なのだし。

 満喫しないのは損。

 裸足。

 流石にこの歳になって海水浴をする気はない。

 ただ、砂浜を足で感じようってだけ。

 水に触れないのも勿体無いし。


 素足で浅瀬を歩く。

 早朝だ。

 日が出て時間も経っていない。

 まだ肌寒いぐらいの時間帯。

 当然、海も冷たい。


 ぱしゃぱしゃと音を立てながら、遠くを眺め、のんびりと時間が流れる。

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