港町 6

「次だ、次。これ貝の盛り合わせね」


 黒い焼き物の皿に、幾つかの貝殻。

 その上に、綺麗に切りつけられた身が並べられている。


「へぇ珍しいですね」

「ん?」

「これって、貝の刺身ですよね?」

「あぁ、確かに生で出すとこは少ないかもな」


 刺し盛りとは別口で出て来た訳だが。

 大将、分かってるねぇ。

 貝の刺身と魚の刺身は別物だよね。

 一緒に出すもんじゃない。

 味が全く違うし、合う酒も全然違う。


 しかし、この世界に来て生で貝を食べるのは初めてかもしれない。

 そもそも前世の頃から進んで食べていた訳でもないが。

 だから、特に気にしていなかった。

 魚に比べて優先順位が低かったとも言う。


 大将の口ぶり的に、あんまり生で食べないのだろうしね。

 だから見かけなかったのだろう。

 今までも、結構な頻度でこの町の魚料理を堪能して来た訳だけど。

 貝は大体が蒸しかスープ、珍しい所で炒め物。

 全て火が通っていた。

 この店みたいに、探せば生で出してくれる店もあったのかもしれないが。

 どうしても魚優先になっちゃってたからね。

 これまで出会う機会が無かった。


 まぁ、前世でも生で食べるなら当たるのは覚悟で的なとこあったし。

 そりゃ生で出す店は少なくもなるか。

 医療制度が充実してる前世ならともかく、この世界で当たったら大惨事だろう事は容易に想像出来る。

 流石に死まで一直線て事は無いだろうけど。

 食中毒は外傷じゃ無い分、ポーションの効き目も薄い。

 避けたい人間は多いのだろう。


 と言うか、生肉なんかは同じ食中毒でアウトになったのにね。

 貝だけは何故ずっと許されていたのだろうか?

 以前からなかなか不思議ではあった。

 死亡率とか重症化率みたいな所が違うんだろうけど。

 にしても、営業停止とかの話すらあまり聞かないし。

 普通食中毒出したら店が責められそうな物だが、貝だけは謎に自己責任の風潮あったよな。

 もう死んだ人間だし前世のことは関係ないんだけど。

 食中毒が出て当然と思われてるぐらい、貝にはリスクがあるって話だ。


 それを異世界で、か。

 海は地球よりは綺麗なのだろう。

 工場とかないし。

 薬品がとかはあまり気にする必要はない。

 でも、衛生基準とかないだろうしな。

 プラマイゼロって所か。


 ん?

 この世界、絶対下水の処理とかやってないよな。

 人口は少ないだろうけど。

 本当に地球の海より綺麗なのか?

 ちょっと怪しい所あるかもしれない。

 そうなると……

 プラマイで、マイナスかも。


 前世の自分だったら食べなかっただろうな。

 怖いし。

 衛生基準のしっかりしていた地球でさえ、自分から進んでは生貝を食べなかったのだ。

 当然の選択だろう。

 しかし、今の俺にはチート様がついている。

 毒だって平気なのだ。

 食中毒など、恐るるに足らん!


 思い切って、口の中に放り込んだ。

 こりこりっとした食感。

 こっちは、プリっとしてて潮の香りが強い。

 プチプチとしてるのもある。

 総じて旨みが強い。

 しかも、魚とは全くの別物だ。


 食中毒のリスクを負ってまで食べていた奴が居たのも納得。

 それ程の味だ。

 久しぶりだからか、この世界の貝の味が良いのか。

 前世で食べた時より美味しく感じる。

 単に、リスクが無いから素直に味わえてるだけという可能性もあるけど。


 牡蠣にあたっちゃって、昨日は一日中トイレから出られなかったんだよね。

 なんて同僚の話を聞いた時は、なら食わなきゃいいのにとか思っていた訳だが。

 ……なるほど。

 確かに、それだけの価値を感じる人も居るのだろう。

 それぐらい美味かった。


「どうだ?」

「生の貝も結構いけますね」

「だろ?」

「これまで食べて来なかったの、人生損してたかもしれません」

「分かってるじゃないか」


 まぁ、今の俺だから出る感想ではあるが。

 仮に俺がチートを失った場合。

 自身が当たるリスクを承知で食いたいかと言われると、ね。

 これはまた別の話になって来ちゃうんだけど。


「にしても人生損って、兄ちゃん妙な言い回し使うな」

「そうですか?」

「良い店の見分け方といい、地元の格言か何かか?」

「ま、そんな所です。それより、次の料理を」

「ちょっと待ってな、次は……

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