港町 5

 おっと、いけない。

 刺身を目の前に、酒の方に夢中になってしまう所だった。

 俺は魚料理を食べに来たのだ。

 別にお酒を飲みに来た訳じゃない。

 この旅じゃ酒はあくまでオマケ。

 大将が珍しいの出すから……

 すっかり興味を持っていかれてしまっていた。


 念願の、久しぶりの刺身である。

 まずビジュアルがいいよね。

 白身と赤身のコントラスト。

 店内の照明を反射して、キラキラと輝いている。

 宝石箱だっけ?

 確か、あれは海鮮丼だった気もするが。

 そう例えた人の気持ちも分かる。

 美味しいのはもちろんだけど、見た目からして素晴らしい料理なのだ。


 見ているだけで、涎が……

 酒をもう一口。

 ぐびっと、アルコールを喉に流し込む。

 合うねぇ。

 最高の気分だ。

 ビジュアルだけで何杯でもいけてしまう。

 それほどの威力。


 いい加減、馬鹿を繰り返してると腹が酒で埋まってしまう。

 こんな美味そうな料理を目の前に。

 そんな愚行はご勘弁という事で、早速!


 まずは赤身から。

 旨みが強く、脂は少なめかなという印象。

 あっさりとした味わいだ。

 見た目では強めの筋が入ってる様に見えたが、全く気にならない。

 ただ、俺のイメージしていた青物とは少し違うかな?

 劣るって印象は無いんだけど。

 なんと言えば良いのか、特有の臭みが少ない気がする。

 血の匂いに近い、独特の風味。

 まぁ、鮮度がいいからかもしれないけど。


 俺が魚を食べに来てる訳じゃなければ、最高に美味いって評価してたんだろうな。

 臭みがないってのは普通いい事だし。

 でも、俺はわざわざ隣街からここに魚料理を食べに来てるわけで。

 そう思うとこの赤身はちょっと物足りないかもしれない。

 単純に料理としては最高なんだけど、我ながら贅沢な人間である。


 次に、白身だ。

 3種類あるが、まずは魚体がオコゼっぽかった奴から。

 赤身に比べ薄く切りつけてある。

 ちょっと物足りないんじゃないかと思ったが、なるほど。

 それでもかなり歯応えが強い。

 更に、見た目に反してかなり脂が乗っている。

 この薄さでも食べ応え十分、むしろこの薄さがベストだ。

 こりゃ良いな。

 まさに魚を食ってるって感じがする。


 残りは、なんの魚か分からないのが2種類。

 右側から頂くか。

 見た目は透明度高めの白身だ。

 あぁ、なるほど。

 近い味で言えば、タイだな。

 そこまで甘味が強くはないが、間違いなくそれ系の味。


 捌く前の姿は似ても似つかなかったんだがな。

 こういうのも、ちょっとギャンブル味があって楽しいんだよね。

 異世界に来てからの魚を食べる楽しみの一つだ。


 最後、見た目で言えば同じ白身でもさっきのとは正反対。

 透明度の低い白。

 しかも、見て分かるぐらい脂たっぷり。

 すでに表面に脂が滲んでいる。

 こんな脂の乗った魚、この世界じゃ初めて見た。

 前世でも、ここまでのは大トロぐらいじゃなかろうか。


 ……なんだ、これ?

 口に入れた所感がまずそれって感じだ。

 アブラボウズに更に脂を乗せた様な。

 それぐらいの脂の量だ。

 なのに、食べずらさは感じない。

 不思議な感覚だ。

 脂っこいのにあっさりしてるとでも言うべきか。

 口の中でまとわり付かずサラサラと溶けていく。


 魚、なのか。

 これ。

 間違いなく美味いんだけど。

 初体験すぎてちょっと混乱する。


 自然と酒に手が伸びる。

 ちょっと口の中をリセットさせて……

 あ、合うな。

 こりゃ、よく合うわ。

 変に脂っこくないおかげか、どろどろとしたこのお酒とも喧嘩しない。

 これが肉料理とかなら相性悪かったかもな。

 それに、磯の香りが強いおかげで癖をプラスしてくれるって言うか。

 この酒と一緒だと赤身の足りなかった部分が補填される。

 他の刺身とも相性バッチリだ。

 酒が進む進む、この大将できるな。


「兄ちゃん、いい飲みっぷりだな」

「大将、最高です!」

「ほら聞いたかエドガー?」


 さっき野次を入れてきた常連の名前だろうか。

 俺の返事を聞いた大将がドヤ顔で呼ぶ。

 ま、おすすめして出した酒だしな。

 それを気に入って貰えれば嬉しいのだろう。

 値段どうこうではなく、お気に入りなんだろうし。

 してやったりってとこか。


「何を得意げになってやがる」

「あ?」

「勧めてきた人間目の前にして、不味いなんて言えるわけないだろ」

「なんだとこら」

「兄ちゃん、気使わなくていいからな」

「あはは……」


 本当に美味しかったんだけどな。

 まぁ、そこはあんまり関係ないのだろう。

 こうやって楽しんでるのだ。

 プロレスってやつ。


 この雰囲気、前世じゃついていけなかったかもな。

 馴染めないと気まずいだけだし。

 お?

 これって、成長なんじゃね?

 なんだ、俺だってこの世界に来てからもしっかり成長出来てるじゃん。

 

 ……居酒屋のノリについていける成長か。

 単に、ダメ人間になっただけでは?

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