港町 4

 バシャバシャと水のはねる音がカウンターの向こうから聞こえてくる。

 生簀から魚を取り出したのだろう。

 水槽なんて洒落たものが置いてあるわけではないが、しっかりと活魚を使ってくれるらしい。

 それだけで期待度が跳ね上がる。

 まぁ、保存の問題もあるしね。

 特別こだわってると言うよりは、刺身で食べるなら最低限これぐらいはしないといけないって事なのだろうけど。

 活けかその日の朝にでも水揚げされた魚じゃないと鮮度的に厳しいだろうし。


 大将がテキパキと作業を進める。

 カウンターの店の良いとこは、その様を眺めていられる所だ。

 細い針金の様なもので魚の神経を締め、腹を切り内臓を取り出す。

 見るからに美味しそうな魚。

 それをおろす所からやってくれる幸福ったら、ない。


 大将は、基本的に注文が入ってから毎回おろしているのだろう。

 柵を取り出して捌いたりはしていない。

 まぁ、そもそも柵を取れるような魚を置いてる店が少ないってのもあるだろうが。


 前世で言うマグロの様な魚。

 メートルを超える巨大魚を仕留めるのは至難の技なのだ。

 この世界じゃ、基本的にデカさは強さ。

 目立つのに弱いと格好の獲物だし、淘汰されてしまったのだろう。

 そんな獲物を船の上から狙うことになるのだ。

 当然、相手は水中。

 簡単に仕留められる物じゃ無い。

 後はまぁ、沖に出ると水竜に目を付けられる確率も跳ね上がるしね。


 だから、こういった店で食べられるような魚には尺サイズの物が多い。

 このサイズなら、そこまで手間がかからないし。

 保存も考えれば生かしておいた方がいい。

 おろす所からやってくれているのも、そんな事情あってのことだろう。


 しかし、慣れた手つきだ。

 魚を捌くのってかなり面倒なのに。

 見てると簡単そうに思えてくる。

 さすがプロ。


「まず、刺し盛り。それと酒だ」


 あっという間に完成した。

 赤身一種と、白身が三種。

 魚の見た目的に、赤身は青物だろうか?

 白身は一種はオコゼっぽかったが。

 他二種は不明。

 前世で見た覚えはない。

 この世界特有の魚だろうか。


 まぁ、見た目的にそれっぽい魚もDNA的には全くの別種なんだろうけど。

 確か収斂進化って言うんだったか。

 海っていう環境の中で最適化していった結果、地球のと似た見た目の魚が生まれたのだろう。

 だからか、味自体は結構予想外だったりする。


 そして、一緒に出されたお酒。

 初めて見る酒だ。

 かなりどろっとしている。

 見た目はどぶろくに近いだろうか?

 しかし、香りが違う。


 刺身を目的に来たのに、酒により強く惹かれてる自分がいる。


「珍しい酒だな、匂いもなんか……」

「分かるか?」

「別に詳しくは無いけどな。普段飲むのも安酒ばかりだし」

「ここの地酒だよ」

「へぇー、地酒」

「婆さんが細々と作ってるからな。数が少ないんだ」

「ほう、貴重な一杯ってわけか」


 そんなのあったのか。

 この町にはよく来てるのに、初耳だ。

 港町の地酒か。

 海中熟成の一種だろうか?

 海は危険だし、そんなもの無いと思っていたが。

 こりゃ嬉しい誤算だ。


「おいおい大将、嘘はいかんよ」

「聞こえの悪いことは辞めろ。嘘とはなんだ、嘘とは」


 大将と話し込んでいると、横から野次が飛んできた。

 見ると、常連らしき客。

 嘘?

 今の話が、と言う事だろうか。


「兄ちゃん、確かにその酒は数が少ねぇ。それは本当だ」

「なら、貴重なお酒って事で間違い無いんじゃ」

「そこが大間違い」

「え?」

「近くに住んでる婆さんが趣味で作ってるから少ないってだけ、普通にエールとかの方がよっぽど高いぐらいだ」

「あぁ、なるほど。そういう……」

「いい大将なんだけど、偶に盛りぐせあるからな。兄ちゃんも気をつけるんだぞ」


 嘘じゃ無いけど、真実でも無いって感じか。

 そうか、趣味で作ってるのか。

 海中熟成とかそういう話じゃなさそうだな。

 ちょっと期待してたんだが。

 やっぱり海は危ないし、その手の文化は育たなかったのだろう。


 前世でも偶にあった。

 居酒屋で、店主が作ってるビールとか。

 クラフトビールってやつだ。

 美味いやつは美味いんだけどな。

 結構、当たり外れがあるのだ。


 そう言われると、見た目もどうも怪しく見えてしまう。

 どぶろくって物を知ってるから、出された直後はかなり美味そうに見えていたんだが。

 近くに住んでる人が趣味で作った物だと思うと、ちょっと。

 白く濁り、どろどろとした液体。

 飲むのに結構勇気がいる。

 果たして、これは美味いのだろうか?


 常連のおっちゃんの情報を遮断するなら、美味そうではあるんだよな。

 見た目はどぶろくだし。

 匂いも、酒としては嗅ぎ慣れないが悪くはない。

 嫌いな人はいそうだが。

 強い磯の匂いとでも表せばいいだろうか?

 ホヤを食べた時に口に広がる風味、あれがかなり近い。

 臭いと言われればそうかもしれないし、いい匂いだと言われればそう。

 俺的には結構そそられる匂いだ。


 恐る恐る口に含む。

 お?

 なるほど……


 常連のおっちゃんの話で少しビビったが。

 なんてことはない。

 普通に美味しいお酒だ。

 確かにちょっと癖はあるが。

 癖のない酒なんて、つまらないだけだし。


 これを個人で作ってるのか。

 ちょっと興味あるな。

 買えるなら、お土産に何本か持って帰りたい所だ。

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