港町 3

「らっしゃい!」


 店内に入ると、威勢のいい声が響いた。

 この店の店主だろうか?

 恰幅の良い男性が、カウンターの向こうから声を張る。

 良いねぇ。

 ここら辺は前世も異世界もあまり変わらない。

 やっぱり、飲食店はこうじゃないと。


 店内には店主らしき店員が1人。

 後は、地元民であろう客が数人って所。


 内装は無骨そのもの。

 変にこだわっておらず、木材の質感を活かしたシンプルなデザイン。

 でも、それが最高にオシャレだ。

 機能美すら感じられる。

 綺麗とかそういう類ではなく、粋ってやつ。


 カウンターのみのお店らしい。

 テーブルやお座敷なんかは見当たらない。

 団体や家族客は想定されていない、と。

 まさに地元の居酒屋って感じだ。

 好感が持てる。


「兄ちゃん、見ない顔だな」


 適当な席に腰を下ろすと、店主の方から声を掛けてきた。


「隣街から来たので」

「へぇ。隣街って言うと、ウーヌの方から?」

「正解」

「どうりで、見ないわけだ」

「今日の早朝出発して、ついさっきこの町に着いた所なんですよ」

「そりゃお疲れ様」


 口ぶりからして、やはり常連ばかりのお店なのだろう。

 まぁ、大通りからは外れた所にあるしな。

 そうなるか。

 一見さんお断りとかじゃなくて助かった。

 せっかく入った店からUターンは、結構精神的ダメージデカいからね。

 出来れば避けたい所だ。


 何度もこの町に来てはいるが。

 所詮全部旅行だしな。

 そりゃ、店主が俺の顔なんて知ってるわけない。

 このお店自体も初見だし。


「しっかし、この店に兄ちゃんみたいのが入ってくるとはな」

「変ですか?」

「そりゃ、な。もっと小綺麗なのが大通りにいくらでもあったろ」

「あんまり心惹かれなかったんですよね。それに、このお店の料理が美味しそうな気がしたので」

「そりゃまたどうして」

「地元のおっちゃんたちが入ってくのが見えたんですよ。そういうお店にハズレは無いって、よく言うでしょ?」

「いや、全くの初耳だな」

「あれ?」

「だが、確かにその言葉も一理あるな」


 ……この世界じゃ使わないのか。

 まぁ、言われてみれば転生してから聞いた覚えが無いかもしれない。

 俺としては結構指針にしてるんだけどな。

 前世からずっとだ。

 ネットの評判なんかより全然参考になる。


 あぁ、これのせいか。

 前世と違ってここじゃレビューサイトとか無いしな。

 SNS映えを意識するような店も無い。

 それがあってこそのこの言葉、みたいなところもあったし。

 夜に飲みに出歩くのなんて男ばかりなのだ。

 わざわざ言葉にするまでも無いわな。


「で、その初耳の言葉を俺の口から聞いた大将の感想は?」

「見る目があるなって所か」

「そう言うって事は、腕に自信ありと見た」

「まぁ、食って判断してくれよ」


 口では誰でも言えるなんて言葉もある、が。

 口に出すってのは結構勇気が必要だ。

 それだけで、少なくとも自信があるんだろうということは察せる。


 いいねぇ。

 楽しみだ。


「で、何から食いたい?」

「そうだなぁ……とりあえず刺身の盛り合わせ。後はおすすめで、酒とつまみを何品かずつお願い」

「ヨシ来た!」


 しかし、感じのいい大将だ。

 距離感も近くて話しやすい。


 こりゃ、当たりだな。

 ここに通うおっちゃんたちの気持ちがよく分かる。

 次来たときはまたここ来ようかな、そう思わせてくれる魅力がある。

 まだ一口も料理を食べていないのに。


 この町に住んでたら、間違いなく常連になってただろうな。

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