三章

港町

「……起きて、起きてください」

「ん?」

「着きましたよ」


 女の子の声で目が覚めた。

 エレナだ。

 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 我ながら懲りないな。

 自分でもちょっと呆れるレベルだ。


 横になるだけで、本当に眠るつもりはなかったんだが。

 抗えなかったらしい。

 馬車の揺れにプラスして温かく柔らかい枕は反則級だ。

 しかし、少々勿体無い事をしてしまった。

 何をとは言わないが、時間いっぱい堪能するつもりだったのに……

 ほぼほぼ記憶にない。

 すぐ夢の世界に旅立ってしまったのだろう。

 ま、気持ちよく寝かせてもらったし。

 それで良しとするか。


 柔らかい風が吹き、鼻腔をくすぐる。

 潮の匂い。

 海の香りってやつだ。

 さっきまでの血生臭いそれを洗い流してくれる。

 普段の街では感じられない。

 港町、海辺の町特有のものだ。

 やっぱりテンション上がるな。


 馬車の外を見ると、空は赤く地平線の少し上に綺麗な夕日が浮かんでいた。

 日没まで後数時間って所だろうか。

 無事、日が落ちる前には到着してくれたらしい。

 野営などという最悪の事態は免れた様だ。

 正直ほっとした。

 むしろ、かなりの余裕をもって着いた感じもある。

 流石に結構なタイムロスをしたと思ったんだが。


 ……少し不思議には思ったが、よくよく考えれば当然の事だった。

 街と街の間を少数の護衛だけを付けて馬車で移動するのだ。

 道中に多少のトラブルがあるなんて想定内。

 今回みたいな盗賊に襲われるなんてのもそうだし、魔物なんかもそれに当たるのだろう。

 想定されるトラブルに対応した程度の時間のロス。

 これで日没前に着かない様なら、それは計画自体が破綻しているとしか言いよう無い訳で。

 初めっから野営前提の馬車旅になる。

 結構現実的なラインで、その手のトラブルが想定されるのだ。

 計画に入っていて然るべきではある、か。


 俺が自ら出張る羽目になったので、勝手に例外扱いしていた。

 確かに規模こそ大きかったが。

 盗賊に襲撃される様な事態はままある事。

 対応に掛かった時間としても、普段とそう変わらなかった可能性もある。

 ポーションで無双してもらって、速攻で処理出来たし。

 プラスで掛かったボーナスの回収も手早く終わらせた。

 むしろ、通常よりスピーディーだった説まであるかもしれない。


「ロルフさん、今日は本当にありがとうございました」

「そんな畏まらなくても。しっかり報酬もいただいたので」

「命の恩人ですから」

「まぁ、お礼を言われて悪気もしませんけど」

「次回も是非ご利用ください」

「もちろん。そのつもりです」


 馬車を降りると、商人が頭を下げてくる。

 報酬は渡したんだし、もういいと思うんだけどな。

 ま、その方がスッキリするというなら構わんが。

 乗合馬車をやってると、こういうことも無い訳じゃ無いだろうしね。

 命の危機を感じたことなんて、一度や二度じゃ無いだろう。

 だからって所もあるのかもしれない。

 いつ死んでもおかしくないと思ってるからこそ。


 命を危険に晒してでもお金を稼ぐ、か。

 俺とは正反対だ。

 この世界じゃ別に珍しくも無いんだろうけど。

 冒険者も本来そういう職業ではあるし。

 チートのおかげで楽に安全に稼げてるだけ。

 安全な仕事ってやつ。

 これって、実は数える程しかないのかもしれない。


 思い返してみれば、前世でもそうだった。

 もちろん、言葉通りの意味で命を危険に晒す仕事もあったけど。

 どちらかといえば、削る?

 命を削りながら稼ぐ仕事がほとんどだった。

 実際、俺もそうだったし。

 じゃなかったら過労死とかする訳ないわな。

 今の俺はつくづく恵まれていると思う。

 居るのかは分からないが、神様には感謝してもしきれない。


「あ、お兄さん待って」

「ん?」

「えっと……」


 商人との挨拶を済ませ、足を進めたところでエレナに声をかけられた。

 待って。

 それだけ言って、言い淀んだ。

 俺もそこまで鈍感じゃない。

 言葉に出されなくても、なんとなく相手の言いたい事は分かる。

 誘って欲しい、連れて行って欲しいんだろうな。

 でも、そういうのは苦手なのだ。

 面倒だってのもある。

 人間関係は鬱陶しい。

 ただ、それ以上に人の人生に責任を持ちたくはない。


 勝手に着いてくる分には拒否しない。

 無理に巻いたりもしないし、なんなら今晩の食事代ぐらいなら奢ってやってもいい。

 でも、そこまでの図々しさは持ち合わせていなかった様だ。

 そんなものがあればここで言い淀んだりしないだろう。

 これが彼女の気質。

 別に否定も肯定もしない。

 ただ、もしかしたら……

 ここで強引にでも俺に付いてくる様な性格だったら。

 わざわざ街を出るまでもなく、居場所を見つけられていたかもしれない。


 彼女にとって、勝負の時なのだ。

 人生の分かれ道。

 選択するのはエレナ自身。

 どう生きるのか、いやどれほど生きられるのか。

 興味はある。

 ま、どうせ結果なんて分からないのだろうけど。


「そうだ。せっかく馬車で一緒になったしな」

「え?」

「これ、やるよ」

「これって」

「さっき拾った」

「……あはは。そっか、私にはお似合いだよね」


 自嘲気味に笑いながら首にかけた。

 別に嬉しか無いだろうに。

 結局、いい子ではあるのだろう。

 だから、普段ならしない事をしてしまった。

 こんな事絶対しないのに。


 だから、まぁ……

 これは膝枕のお礼って事で。

 ちょっとした例外だ。


 銀貨を加工したアクセサリー。

 と言っても、穴を開けてネックレスにしただけ。

 よくある安物のアクセサリーだ。

 お守り的な。

 財布をすられた時、1日の宿代ぐらいにはなる。

 そんな意味合い。


 盗賊のアジトに落ちていた物だ。

 拾ったってのは嘘ではない。

 それに、俺の魔力を軽く流しただけの代物。

 昔取った杵柄とでも言うのだろうか。

 然るべき場所で売ればそれなりの額になるだろう。

 1日の宿代どころか、年単位の生活費。

 それを賄える程度には。

 ま、面倒ごとになる可能性もあるが。


「じゃ、さようなら」

「……」

「またどこかで会うこともあるさ」

「うん」


 ただ、その事実を伝える事なく別れた。

 拾ったものをあげただけ。

 元は大した価値もないものを。

 どう使うかは彼女次第。

 これが俺にできる限界ってとこだ。


 意気地無し!

 童貞!

 いや、意気地無しはともかく童貞ではない。

 素人童貞?

 それは、そう。


 女ってめんどくさいからね。

 彼女だなんだってのは、前世で充分に懲りたのだ。

 ワンナイトならお店の方が後腐れなく済むし。

 技術もすごい。

 やっぱりプロは違うよ。

 変に気を使う必要もないしね。


 任せすぎて、エッチのやり方を忘れたまである。

 今彼女とか作ったら、童貞の時より酷いことになるかもな。

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