馬車 15

「お兄さん強かったんですね」


 馬車に戻ってすぐ声を掛けられた。

 デジャブ。

 出発直後に話しかけてきた女の子だ。

 名前は確か、エレナだっけ?


「別に強かない。ポーションのおかげだよ」

「それでも、です」

「ん?」

「あんな大勢の盗賊相手に、カッコよかったです!」

「はいはい」


 やけに距離感が近い。

 おまけに猫なで声だし……


 つい数時間前までこんなキャラじゃなかったはずなんだけど。

 女はミステリアスな方がモテるとかなんとか言って。

 どちらかと言えば、女の強かさを押し出してる感じだったのに。

 ま、冒険者と一緒だな。

 この世界の女の子は素直なのだ。

 力に弱い。


 単純な腕っぷしの話ではない。

 もちろんそれもあるが。

 武力に財力。

 後は、権力なんかもそうか。

 なんでもいいから、力ってやつに弱いのだ。


 男尊女卑気味の世界だし、ある程度理解は出来るのだが。

 前世の感覚を引きずってると結構な違和感を覚える。

 20歳超えないだろう若い女の子が、おっさん相手に露骨なアピールをしているのだ。

 初めて見た時は衝撃的だった。

 まぁ、俺相手にそういう事をしてくる物好きは少ないが。

 だって、金も権力も無いし。

 武力なんてのも万年Dランクのおっさんにあるとは思わないだろうし。


 それに関しちゃ、この子も例外じゃないはずなんだが。

 俺がDランクってのは知ってるし。

 力もポーションのおかげだって説明したし。

 命の危機に陥って本能でも刺激されたのだろうか?


「お礼させてください」

「いや、いいよ。君だけを助けた訳じゃ無い」

「でも、」

「それに、報酬なら商人から貰うから」

「……釣れない人です」


 ま、この子は訳ありだろうしな。

 他の女の子とはまた違うか。

 これからひとりで他の街に行こうっていうのだ。

 加護が貰えるならそれに越したことはない。

 相手が強い男だというならなおさら。


 そんな世界で街から飛び出す様な真似なんてするなと言いたくなってしまうが。

 単に家出と言っても事情はさまざま。

 俺はこの子のことなんて何にも知らないし。

 どうこう言える立場じゃない。

 たとえ止めたとして、その後の責任を取ったりも出来ないしね。


 この世界じゃ、仕方なくこうする羽目になる事情なんていくらでも思いつく。

 家族から追い出されたり、詐欺だ借金だと一家離散した程度ならまだマシな方。

 よくない連中に目を付けられて、とか。

 自分以外の家族が殺されちゃって、とか。

 街に残ったら間違いなく殺されるから僅かな可能性に賭けて街を飛び出す。

 そんな事例が珍しくも何ともないのだ。


 しばらくして、馬車が動き出した。

 死体が道を埋めちゃってたのだ。

 もうしばらく動けないかと思っていたが……

 冒険者たちが頑張ってくれたらしい。


 ゆらゆらと一定間隔で揺さぶられる。

 が、流石にもう寝る気分じゃない。

 俺としては、寝て起きたらこんなことになっていた訳で。

 起きてたからって避けれたとは限らないけど。

 何となく縁起が悪い気がする。


「あ、いいこと思いつきました!」

「なんだ?」

「膝、貸してあげますよ」

「は?」

「お兄さん、疲れたでしょ?」


 俺がずっと隣で寝てたからだろうか?

 もう、寝る気分じゃ無いのだが。


 ……


 ま、何でもかんでも却下するのも悪いしな。

 向こうも善意で言ってる訳で。

 別に柔らかそうな膝に惹かれた訳じゃない。

 本当だよ?

 ただ、ちょっと気が変わっただけだ。

 一仕事したしね。

 寝るかはともかく、横になりたい気分かもしれない。


「ひゃう」

「何?」

「い、いえ。気持ちいですか?」

「……まあまあ」

「酷いです!」


 そうだよな。

 英雄の真似事なんてしたんだ。

 これぐらいのご褒美があってもいいでしょ。

 役得ってやつ?

 相手の方も満更でもなさそうだし。


 店の女の子とは違う。

 膝枕なんて、そりゃ経験も少ないのだろうし。

 寝心地は別に良く無い。

 でも、これはこれでアリだな。

 自分から誘ったくせに、適度に恥ずかしがってるのもグッドだ。


 さて、盗賊に襲われるなんてトラブルがあった訳だが。

 どの程度の遅れが出たのだろうか。

 手早く片付けたつもりだけど、とにかく日が落ちる前に到着してくれる事を祈ろう。

 流石に、ここからさらに野営なんてのはごめん被る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る