馬車 12
「あ、あの……」
冒険者の1人に声をかけられた。
せっかく離れたのに、わざわざ駆け寄ってきたらしい。
いや、事前に気が付いてはいたけどね。
逃げるのは違うじゃん。
それじゃ変に理由つけて自然に離れた意味がない。
英雄ってやつは辛いね。
俺には向かないわ。
と、思ったけど。
なんか、難しい顔してるな。
もしかして、そういう話じゃない?
こいつ、2人目にポーション飲ませたやつか。
そういえば、1人目と違って結構どさくさに紛れて飲ませる感じになっちゃってたような。
もしかして文句でも言いに来ました?
心配すんなって。
ただのポーションだ。
色々匂わせはしたけど、副作用なんてない。
と言いたい所だが、そんなことしたら俺の苦労が水の泡。
本当の事を言う訳にもいかない。
……まぁ、盗賊に遅れをとった君が悪いと言うことで。
そもそもこの依頼を受けたのは君だし、盗賊の相手は当然君ら護衛の仕事。
手伝ってやったんだから、それで対価としちゃ充分でしょ。
おかげで命もある訳だし。
必要ない心配をしながら生きるぐらい、命に比べれば安いもんでしょ。
いや、不運だったとは思うけどね。
安い乗合馬車にあの規模の盗賊団なんて。
それを予想して依頼を受けろなんてのは暴論だ。
でも、街の外は何があるか分からない。
なんだかんだ、そのリスク込みでの報酬の高さではあるのだ。
道中何も無ければこれほど美味しい依頼もないのだし。
そういうことで、よろしく。
「ギルドでは舐めた口聞いてすいませんでした」
「……?」
なんの話?
突然謝られたんだけど。
とりあえず、文句を言いに来た訳では無いっぽいが。
ギルド?
舐めた口?
……言われてみれば、こいつの顔どこかで見覚えあるような。
見てるとちょっとイライラしてくる。
別に顔立ちは整ってるのに。
あ!
ギルドでパーティーメンバーと揉めてた奴だ。
なにかの依頼を受けるとか受けないとかで、結構熱い議論をしていた記憶がある。
どうりで苛立つわけだ。
が、もう昔のことだ。
流石に今更どうこうって気はない。
と言うか、当時も別に何かする気はなかったが。
本当だよ?
「別にいいよ。原因は俺にもあるしな」
「そんな事」
「それに、同じ冒険者だろ? 気にしなくていいって」
「同じって。僕なんかとは……」
「これ」
「え?」
「俺の冒険者カード」
「Dランクって」
「そういうこと。同じランクなんだし、今回はたまたま助けるような形になっただけ。むしろ若い君の方が将来有望だろう?」
俺って、客観的に見ればギルドで昼間っから飲んだくれてるおっさんだしな。
尊敬される人間じゃない。
これで、Aランク依頼でもこなしてるってんなら話は別だが。
普段やってるのは薬草採取、それのみだ。
確かに舐めた態度取られたが、こいつが特別って訳でもないし。
今更謝られても対応に困るというか……
「……なんで」
「ん?」
「なんで、貴方がDランクなんですか? あんなに強いのに」
「強かないよ。君も飲んだろ、さっきのはただのポーションの効果で」
「それを盗賊から奪ったのも、飲む選択をしたのも、僕らを助けてくれたのも。判断も勇気もずっと高みにいるのに……」
「まぁ、最低限の仕事しかしないからかな?」
「最低限?」
「知ってるだろ? 俺が薬草採取しかしてないの」
「……噂は。でも、どうして」
「もうおっさんだから、かな? だから、向上心がある君のことは好感が持てる」
ギルドで言い争いを見ていたのだ。
初めから分かっていたことだが、熱いな。
おじさんには眩しいタイプだ。
その手の情熱は遠に失ってしまった。
歳をとったから、とかでもない。
失ったのは前世での話。
この世界じゃ生まれた時から持ってなかったものだ。
そら、言い争いにもなるわな。
ただ生活費を稼ぎたい奴とは合わないだろうし、多少の英雄願望のある人間でも付いていけないと思う人は多いはずだ。
自分にはもちろん厳しいんだろうが、他人にも厳しいタイプ。
俺のこと見直して尊敬してくれてるっぽいのにこの感じだもんな。
だから、揉めながらも一緒に行動できてる今の仲間は貴重だ。
「あの時は揉めてたみたいだけど、また仲間と一緒に頑張れよ」
「……はい」
「?」
「実は、1人……」
「そうか」
「……」
「まぁ、なんだ。冒険者を続けてればある話だ」
「彼女は反対してたのに、僕が」
なるほど、ね。
前回の負けたけど今回は押し切ったと。
で、その結果がこれ。
まぁ、Dランクからしたら馬車の護衛依頼は確かに背伸びか。
普通はCランクだもんな。
でも、今回は単純に運が悪かっただけだしな。
普通は盗賊って言っても数人のグループで襲って来るだけ。
それなら追い返せていたかもしれないし。
ギルドが許可を出したんだ。
背伸びはしていたとしても、無理な仕事って訳じゃない。
この規模じゃ仮にCランク冒険者が護衛をやってたとしても無駄。
判断ミスって訳でもない。
この世界じゃよくある不幸。
その一つがたまたま今回起こったってだけなのだ。
「それで、諦めるのか?」
「え?」
「無理してでもなりたかったんだろ、英雄ってやつに。たとえ命を危険に晒したとしても」
「僕は、そんな……」
「恥じる必要はない、冒険者ってのはそもそもそんな仕事だ。確かにその結果仲間は死んだが、お前に付いて来る選択をしたのも死んだそいつ」
「っ……」
「悔いて諦めるか、乗り越えるか。まぁ、背伸びしてこの依頼を受けようって時点ですでに自分の中じゃ答えは決まってそうだけどな」
「……頑張ります」
「よろしい、戻って他の冒険者と一緒に片付けしとけ」
「はい!」
英雄は多い方がいい。
その卵も。
彼がそうなれるか、確率は高くはないだろう。
しかし、全くの0って事もない。
熱い男だ。
仲間の死を乗り越えられる強さがある。
何より、英雄に憧れ行動を起こせるだけの想いがある。
今日、彼は一時的に英雄の領域に足を踏み入れた。
ポーションの力。
正確にいえば俺のバフだが。
ともかく。
完全な外部的要因とはいえ、確かにそこに足を踏み入れたのだ。
まだ特別とはいえないが、可能性は有り。
俺がなんでチートなんて物を持って生まれたのか。
ずっと不明なままだ。
もしかしたら、それが必要とされる日が来るのかもしれない。
簡単に想像出来る未来。
その時、必死こいて働かされるのはごめんだ。
余裕を持って勝てる相手ならともかく、命を賭けた戦いとか絶対やりたくない。
その時、英雄が複数人いれば。
代わりにやってくれるかもしれない。
そんな邪な想い。
そんな淡い期待。
彼にはぜひ、英雄になってもらいたい。
英雄(俺の身代わり)は多ければ多い程いいのだから。
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