馬車 10

「ま、待ってくれ……」

「充分待っただろ?」


 何やら御託でも並べようと思ったのか。

 ま、聞くだけ無駄。

 剣を軽く振るう。

 それだけで、真っ赤に染まる。

 横にいた仲間とお揃いだ。


 しかし、やはり反応できなかったか。

 さっき咄嗟に叫べたのはただ運が良かっただけ。

 やはり特別な人間って訳では無かったらしい。


 このまま盗賊の首を刈っていくだけの簡単なお仕事。

 相手は俺の動きを目で追うことすら出来ないのだ。

 もはや止まってるのと変わらない。

 究極的に言えば、薬草採取と同義である。

 適当に毟るだけ。

 違いといえば、それが頭なのか葉っぱなのかって事ぐらいか。


 今殺した盗賊、少なくともこの集団の中じゃそれなりに地位のあるやつだったのだろう。

 俺相手に勝手に交渉してたのに、周りは何も言わなかったし。

 装備も盗賊にしては整っていた。

 そして、地位だけじゃなく人望もそれなりにあったらしい。

 要は、他の盗賊とは扱いが違うって事だ。


 ぐるりと周囲を囲まれる。

 逃すつもりはないってか?

 現金な奴らだ。

 他のお仲間殺した時はそうでも無かったと言うのに。

 が、好都合。

 こっちとしてもそのつもりである。


 敵いっこないのに。

 この態度は、希望を見出してしまったのだろう。

 時間制限てやつ。

 リーダーの言葉だからな。

 奴らには、命懸けで時間を稼ぎ勝ち筋を仲間に示して死んで行った様にでも見えてるのかもしれない。

 まさに英雄ってか?

 それを無駄にしまいと。

 健気な奴らだな。


 時間を稼ぎたいのは見え見え。

 ただ、こっちも別に時間制限なんてないので焦る必要はない。

 無為に時間を過ごす趣味はないが。

 好都合ではあるか。

 向こうのリーダーがせっかくポーションの話も広げてくれたし。

 もう一芝居、ってね。


 盗賊との間合いの読み合い。

 と言うか、こっちが足を進めると勝手にジリジリ下がるのだ。

 読み合いと言うより完全にビビってるだけ。

 だから、好きに移動できてしまう。

 まるでコントだ。

 これで引かないのは勇敢なのかバカなのか。

 盗賊をやってる時点で後者一択だな。


 上手いこと冒険者の側まで誘導する。

 盗賊の警戒心は俺にのみ注がれてるからな。

 気にもしなかったのだろう。

 冒険者はボロボロ。

 ほぼ死にかけだ。

 俺がいなきゃこのままとどめ刺されてただろうなって。


 盗賊に視線を向けたまま、声をかける。


「大丈夫か?」

「あ、あんた……。あんなに強かったのか」


 ん?

 知り合いか?


 まぁ、街から乗ってきた馬車だしな。

 護衛もあの街の冒険者なのは道理か。

 俺はギルドで飲んでることも多いし、そりゃ知ってる人間もいるか。

 一方的にって感じだろうが。

 なにぶん、他の冒険者に興味がないもので。

 すまんな。


「……俺はもう無理だ。構わず、盗賊の方を」

「その為に助けてやるんだ」

「え?」

「これを飲め」


 負傷してる冒険者の救助。

 盗賊達に囲まれた状況で、だ。

 敵を前にこれは、自殺行為もいいところである。

 なんたって隙だらけだし。

 だから、冒険者も構うなと言った訳で。

 だが、邪魔はしてこない。

 まぁ、向こうとしても時間は稼げるだけ有難いって感じだろうし。


 別に親切心で助けようって事じゃない。

 冒険者の命は依頼の範囲外だ。

 死んでもらっても問題無いと言えば問題無いない。

 目的は一つ。

 まだ息がある冒険者に、ポーションを飲ませようと思って。


 察しの通り、普通の物ではない。

 例の赤いやつ。

 まぁ、色染めてるだけで効果的には普通のポーションなんだけど。

 この場面では違うからいいのだ。

 大量にあったら怪しいが。

 2個3個程度なら、盗賊が持ち歩いてたと証言しても無理のない範囲。


 相手も、2人目は流石にまずいと思ったのだろう。

 様子見から一転して突撃してくるが、先頭の人間を一刀両断。

 それで止まってしまう。

 理性があるというのも考えものだな。

 そのせいで攻めきれない。

 これなら理性のない動物の方が厄介まである。


「俺の動き、見てたんだろ?」

「……あぁ、まるで物語の英雄の様だった」

「これのおかげだ。お前も飲め、この人数相手じゃ俺1人だと分からん」

「あの動きなら……」

「盗賊の持ち物だ。効果時間なんて知らん」

「そう言う事か、分かった」

「待て」

「え?」

「言ったとおり盗賊の持ち物、どんなデメリットがあるか分からない。それこそ、効果が切れた途端に使用者の命もなんて可能性もある」

「……元はと言えば俺が受けた依頼。乗客が戦ってるのに、俺が躊躇う理由はない」


 冒険者が躊躇う事なく一気に流し込む。

 ただ、これじゃ普通にポーションを飲んだだけ。

 効果がないとバレてしまう。

 が、ここで同時にバフをかけてやる。

 するとどうだろう。

 本当はないはずの効果をこのポーションが発揮したかのように錯覚する。


「な、なんだ。これ……」

「すごい効果だろ?」

「あぁ」

「行けそうか?」

「もちろん」


 さっきまで盗賊相手に苦戦してた冒険者が、即席で英雄級に早替わり。

 ついでに普通のポーションの効果で傷も治る、と。


 彼が俺の話の証人になってくれる。

 おっさんが凄かったんじゃなくて、たまたま盗賊の1人がヤバいポーションを隠し持ってたんですよって話の。

 俺1人ならともかく、複数いれば信憑性も上がるってものだ。

 依頼の対象ではなくても生きていてもらった方が都合がいいってのはこういうこと。


 さて、これで2人に増えた訳だが。

 盗賊はまさに絶望といった表情。

 このポーションの威力を知ってるのだから当然。

 出鱈目だけど。

 まぁ、物は出鱈目でも現実としちゃ変わりないし。

 間違いでもないか。


 抵抗は許さない。

 口を開く暇すら与えない。

 ただの駆除と同じ。

 さっきまで死にかけてたと言うのに、冒険者の方も簡単に盗賊を処理して行く。

 流石はチート能力って感じだ。

 ただのバフ魔法が、ここまでの威力。


 俺は長時間の仕事は好きではない。

 時間外労働でもそれは同じ。

 出来るだけ短時間、効率的に。

 だから、もう1人の冒険者にもポーションを飲ませてやった。


 壮観だな。

 これで、英雄級が2人だ。

 このレベルの存在が同時に戦いの場にいるなんて、それこそ大国同士の戦争でもないと見れるもんじゃない。

 多少、慣れない身体能力に振り回され気味の様だが。

 それでも盗賊相手に面白いように無双している。


 ……後は、眺めてるだけで大丈夫かな?


 爽快感すら覚える光景。

 前世でも娯楽作品として通用するレベルだ。

 まぁ、少々グロいのが玉に瑕だけど。

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