馬車 9

 仲間が目の前で殺されたというのに、盗賊達は武器を構えるばかりで攻めてくる気配がない。

 さっきまでの威勢はどうしたのだろうか。

 無駄にうるさかったのに。

 今となっちゃ、目立てば殺されるとばかりに誰1人言葉を発しない。

 やけに静かだ。

 武装した大勢の盗賊が、たった1人のおっさん相手にその状況。

 ここには、そんな異様な光景が展開されていた。


 まぁ、向こうが来なくともどのみち殺すだけなんだが。

 次の獲物は……、目が合った。

 盗賊の集団の前列。

 周囲より、多少良さげな装備を付けてる奴。

 その装備のおかげで目についた。


 嫌な予感でもしたのだろうか。

 目が合った瞬間、咄嗟に逸らされた。

 が、残念。

 もう君に決めてしまった。


「ま、待て!!」


 殺そうとした瞬間、そいつが咄嗟に叫んだ。


 勘のいい奴め。

 いや、運がいいのか?

 無視して殺してもいのだが、話があるなら聞いてやらん事もない。


 良かったな、ちょっとだけ寿命が伸びたぞ。

 代わりに隣のやつが真っ赤に染まったが。


「……なんだ、待ってほしいのか?」

「あ、あぁ」


 ただ、せっかく言葉を返してやったのにその表情は減点だな。

 なんでお前が驚いてるんだって話だ。

 止まってもらえると思わなかった、とでも言いたげな表情。

 待てと言われたから止まっただけなんだが?

 俺はお前らみたいな蛮族とは違うのだ。


「で、待たせた上で何かあるのか?」

「……お、お前だけなら見逃してやってもいい」

「見逃す?」

「あぁ、そうだ」


 見逃す、ねぇ。

 なぜ無駄に上から目線なのだろう、という疑問はありつつも。

 この後に及んで、舐められたくないとでも思っているのか。

 明らかに怯え切っているというのに。

 その態度の時点で無理だろ。


 試しに、剣を持つ手を軽く動かしてみる。

 それけでビクッと体を震わせた。

 怒られた後の子供かよ。

 諦めろ。

 今のお前にその交渉方法は荷が重い。


 見逃してやるじゃなくて、見逃してくれの間違いだろ。

 態度も含めて。

 誰が見たってそうにしか見えない。

 まぁ、彼としてはとにかく俺にどっかいってほしいわけだ。

 そりゃそうか。

 誰だって自分より強い存在と戦いたくはない。


「なんだ、見逃したら俺に大金でもくれるのか? そうでもないと、わざわざお前らを見逃してやるメリットが無いんだが」

「……そのポーション、確かに強力だ。このままじゃ俺たちに勝ち目はない」

「ほう、よく分かってるじゃないか」

「だがそれは、そのポーションの効果時間中に限った話。果たして、どの程度効果が続くのだろうな」

「さあ? お仲間の持ち物だ、お前らの方が詳しいんじゃないか?」

「わざわざ親切に教えてやるつもりはない。が、この人数相手に戦って最後までもつってのは楽観が過ぎるんじゃないか?」


 なるほどね、そういう方向性でくるのか。

 要は知ってるぞ、と。

 明かなハッタリ。

 でも、それは俺だから分かる事だ。

 このポーションがパチモンだと知っている俺だからこそ。


 普通だったらそれなりに有効な手段なのだろう。

 ポーションの効果として大幅なバフを受けられるってのは自慢げに喋る奴がいたとして、デメリットの部分まで敵の前でしゃべるやつはいない。

 優越感に浸れる訳でも無いしな。

 だから、俺は詳細な効果を知らないだろうという賭け。

 仮に知っていたとしても、だ。

 このてのアイテムには時間制限があるのが道理だ。

 永続なんて聞いた事ない。

 それこそ、神からの加護とかその類だけ。


 だから、見逃してやると。

 そのセリフに繋がる訳だ。

 これなら言葉だけでも強気な方がいい。

 ブラフを弱気でやる馬鹿はいない。

 仮にも人間の集団って事か。

 ちょっとは頭の回る奴もいたらしい。


 が、残念。

 俺の言葉が真実だったらこの交渉も有効だったんだけどね。

 こっちもブラフでしたって訳で。

 効果時間とかないんよね。

 真実は、ただ中年のおっさんが久しぶりに張り切って運動してるってだけ。


 ……言葉だけ聞くと、時間制限バリバリありそうな代物だが。

 まぁ、無い物は無いのだ。


「つまりはこういうことか。怖いからお前とは戦いたくない、ただし獲物は置いていけ」

「断る、と?」

「お前らが情けなく尻尾巻いて逃げ帰るってなら一考の余地有りなんだが」

「……欲張ると後悔するぞ」

「その言葉、そっくりそのまま返そうか」


 こいつらの失敗としちゃ、結局はこの馬車を襲ったこと。

 そこに帰結する。

 全てを捨てて即逃亡すれば生き残れたかもしれないが。

 盗賊としてその判断は出来っこない、か。

 仲間が殺されたというのに、仇すら討とうとしない腰抜け。

 それでいて目の前の獲物への執着も捨てられない。

 こんなもんか。

 まぁ、ここでまともな判断下せる人間なら社会に溶け込んでいるわな。


 あのタイミングで咄嗟に叫べたのだし、何か特別な物でも持っているかと期待したのだが。

 多少頭はいいのかもしれないが、それだけ。

 正直、期待外れだな。

 ま、特別ってのは少ないから特別なのだ。

 すでに青年に会った上でもう1人、ってのは都合が良過ぎるか。

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