馬車 8

 急に魔力の跳ね上がった謎のおっさんに困惑気味の盗賊達。

 そいつらをよそに思考を切り替える。

 戦闘モードってやつ?

 世界がスローに見えるようになり、集中力が飛躍的に向上する。

 プロのスポーツ選手なんかがなるゾーン、その亜種の類だ。


 俺はこの世界にきて特に何か研鑽を積んだ訳じゃない。

 だから、これもチートの一種なのだろう。

 まぁ、幼い頃はこんなこと出来た記憶が無いので、もしかしたら強すぎる身体能力をなんとか制御しようと脳が勝手に身につけたのかもしれないが。

 そこはどうでもいい。

 要は思考が加速しているのだ。

 剣が、弓が、相手の動きが全て止まって見える。

 いや、止まって見えるもなにも、今は俺のせいで戦闘行為そのものが止まってるのだけど。

 そこは言葉の綾って事で。


 スローになった世界。

 それを持ち前の身体能力で高速で駆ける。

 盗賊との距離、約1メートル。

 一瞬の内での急接近だ。

 俺の動きに目が追いついていないのだろう。

 変わらず間抜け面を晒したまま。


 一番手前にいる男。

 俺に英雄気取りだなんだと言ってきた奴だ。

 別に大して気にしちゃいない。

 せいぜい、無駄にデカい笑い声が不愉快だった程度。

 だけど、まぁ。

 せっかくのストレスを相手に直接ぶつけられる機会だしね。

 どうせ殺しはするんだが、即死させるのは勿体無いか。


 ちょっとばかり無駄な苦痛を、って事で。

 手首を掴む。


「……なっ!」


 腕を掴まれて、今更気がついたのだろう。

 ギョッとし声を上げる。

 が、もう遅い。

 手遅れだ。

 掴んだのは右手、剣を握っている方の手だ。


 そのまま……

 手首ごと、剣を引きちぎってやった。


 盗賊の顔が痛みに歪み、反動で尻餅をつく。

 まともな声を出せないのだろう。

 声にならない悲鳴をあげ、やがて唸りの様な物に変化する。

 腕を押さえうずくまる盗賊を見下ろす。


 ……これ、別にストレス発散にはならないな。

 こんなことすれば、当然俺の手も血まみれになる訳で。

 発散されるストレスより不快感のが強いまである。


 突然の事に周りはただ茫然とするのみ。

 てっきり、これを開戦の合図とばかりに一斉に襲いかかってくるものだと思っていたのだが。

 そこまで獣では無いらしい。

 一丁前に実力の差でも感じたのだろうか?

 まぁ、奴ら視点じゃ瞬間移動でもしたように見えたのだろうし。

 この反応も仕方なくはあるか。


 結果として、隙だらけもいい状態な訳だが。

 ま、俺の能力からすりゃどんな状態であろうと元から隙だらけみたいな物だし。

 それを突いてどうこうなんてする必要も無い。

 残念。

 君からターゲットが移ったりはしないのだ。


 この世界で、しかも盗賊の社会で片手が無いなんて不自由もいいところだろう。

 ちょっとした好奇心で無駄に苦しめてはしまったが。

 別に拷問趣味がある訳でもない。

 だから、すぐ楽にしてやる。

 うずくまり現実から目を逸らしたまま、気がついた時にはこの世とおさらばだ。


 奪った剣で、その首を切り飛ばした。

 ここは屋外。

 遠慮はいらない。

 すでに周囲も血で汚れている事だしね。


 盗賊の首は綺麗な弧を描く。

 数秒の滞空時間を経て、頭頂部から落下した。

 切り口から流れ出る鮮血が辺りを彩る。

 まるで絵画の様に。

 どんな人間であれ、死ぬ瞬間というのは多少芸術的に見えるらしい。

 1000円なら買っても良いかなって出来だ。


 しかし、やはり盗賊が使う武器。

 まともな手入れをしていないのだろう。

 あまり切れ味がよろしくない。

 魔力を通したのに、首を刎ねる際多少の抵抗を感じた。

 まぁ、文句を言いつつこのまま使うんだけど。

 だってほら、自分の剣を使うのは勿体無いし。


 節約術ってやつだ。

 これなら遠慮なく使い捨てられるからね。

 戦闘後の整備も不要。

 入手も無料だし。


 まさに神コスパ、ってね。

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