馬車 7
……しかし、酷い匂いだ。
馬車の外に出た瞬間から匂ってはいたが、時間が経つにつれより強烈に鼻を刺激してくる。
盗賊の事ではない。
まぁ、あいつらも臭いは臭いんだろうが。
人間の体臭とは違う。
嗅ぎなれない、嗅ぎなれてはいけない香り。
これは死んだ人間の匂いだ。
それがここら一帯に充満している。
まるで地獄だな。
ここまでの密度で嗅いだのは初めてだ。
ま、積極的に荒事に関わってる訳でもないし当然なんだけど。
むしろ嗅いだ経験がある方が異常、か。
もはや、特別抵抗を感じる訳でもない。
初めこそ気分が悪くなったりはあったけどね。
この世界はそれじゃ生きてけないのだ。
こりゃ、今回の戦闘だけじゃないな。
盗賊も冒険者も、共に何人かは死んでるようだが……
それでも、数人でここまで匂いが濃くはならないはず。
この密度なら、数十人から百人って所か?
その単位で人が殺されてるはずだ。
近くでもっと大規模な商団でも襲ったのだろうな。
この馬車を襲ったのはその帰りって訳だ。
どうりで、ただの乗合馬車を襲うには無駄に数がいたわけである。
敵討ちってやつ?
顔も知らない人間のために怒れるほど善人でもないけど。
ついでだしな。
それに、これから人を殺すのだ。
建前は多い方がいい。
その数だけ心の防壁が厚くなる。
「お前ら、運が悪かったなぁ」
「はぁ?」
「どうしたおっさん、狂っちまったのか?」
「運が悪かったのは俺らに目を付けられたお前らじゃね?」
「さすが兄貴、正論ってやつです!」
「死ぬと分かっておかしくなったか」
「ダッセー」
「「「ギャハハハハ」」」
変わらず下品な笑い声だ。
ワンパターンな奴らめ。
まぁ、いつまでそうやって笑ってられるか。
いっそ見ものではある。
「知ってたか? お仲間さん、こんなもん隠し持ってたぞ」
「あ?」
ポーションを掲げる。
ただ、普通のものとは分かりやすく違う。
真っ赤なポーション。
まるで鮮血のような赤だ。
「んだそれ?」
こういうのは、大胆に分かりやすくが基本だ。
その方が変に疑われない。
マジックのトリックなんかもそうだ。
大規模なマジックほど種は単純で大味な物になる。
後は、まぁ……
大した作戦立てられなかったからね。
結局、単純な作戦しか思いつかなかったとも言う。
ポーションの瓶を開け、ひと思いに煽る。
このポーションは使用者の魔力を一時的に増強し実力を飛躍的に向上させる効果を持つ。
その上昇幅は他のドービング方法とは別格。
万年Dランクのおっさんが一騎当千の力を得るほど、と言えばその凄さを実感出来るだろうか?
つまり俺1人で目の前の盗賊を皆殺しにできるぐらいって事。
ただし、そのデメリットとして使用者の寿命が何年か縮んでしまう。
……という設定だ。
実際にはそんな効果なんてない。
普通のポーションに色を付けただけの代物だ。
そんなの騙される訳がない。
こんな物があればとっくの昔に有名になっているはずだし。
そう、思うだろ?
ここでちょっとしたスパイスを入れるのだ。
ポーションを飲むと同時に普段は押さえてる魔力を少しだけ解放する。
と、どうだろうか。
俺の魔力はチートのおかげで無駄に量があるのだ。
数%でも、周囲が圧力を感じるぐらいには影響が出る。
万年Dランクのおっさんがこんな膨大な魔力を隠し持ってる確率。
ほとんど誰も知らない、使用者に強力なバフを与えるポーションが闇で取引されてる確率。
果たしてどっちの方が高いだろうか。
俺的には、どっこいどっこいだと思う。
どちらも現実味がなさすぎる。
ただ、人間は自分の信じたい物を信じる生き物だ。
そんなポーションがあるならぜひ手に入れたいと思うのが人の性。
要は、このポーションに俺の代わりになってもらおうって話。
そうすれば多少は雑音も抑えられる。
入手経路を聞かれるだろうが、その答えもバッチリ準備済み。
ズバリ、さっきの盗賊からだ。
詰められれば矛盾も出るだろうが、この盗賊団にはほぼ全滅してもらう予定だし。
まともな捜査なんて出来っこない。
保険は十分に掛けれたし。
最善は尽くした。
その効果の程は神のみぞ知るって事で……
ま、なるようになるでしょ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます