馬車 5
ステータスを見る限り……
質では多少冒険者の方が上なんだろうけど。
まぁ、ね。
その程度の差じゃ数には敵わないわな。
数をひっくり返せるのは、それこそ英雄のような存在だけ。
前世じゃ物語の中にしかいなかった。
例えば、最強だと言われるようなプロの格闘家だって数の暴力には敵わない。
文明に明確な差でもあれば、兵力で押し潰せたりもするのだろうけど。
身一つ、しかも相手も武器を持ってるんじゃそんな事は不可能だ。
が、ここは異世界。
英雄のような、それこそ一騎当千と呼ぶに相応しい人間も存在はする。
1人で戦況まで変えてしまうような化け物。
居るには居るが、まずこんな依頼は受けないだろうな。
この馬車も護衛の冒険者も、運が悪かったとしか言いようがない。
対策のしようがないのだ。
こんなの想定してたら儲けなんて出せないし。
だから、たまにある不幸なクジを引いてしまった。
そう思って自分を納得させるしかない。
向こうも向こうで、そんな人数でこの馬車を襲ったところで旨みなんてなさそうなものだが。
この馬車は別に高額な商品を運んでる訳でもない。
ただの乗合馬車だし。
どう考えてもこの規模の盗賊団が狙う獲物じゃない。
まぁ、そこの理屈を考えても仕方がないか。
わざわざ街の外で盗賊なんてやってる連中だ。
頭が逝っちゃってるとしか思えない。
それに、俺もさっきまで馬車の中で寝落ちしちゃってた訳で。
それ以上に感情で生きてる人間。
理屈など通用するはずなく、細かい損得も知ったこっちゃないのだろう。
周りの乗客を見渡す。
乗り込んできた盗賊にひたすら怯えた視線を向けるばかり。
例外はなし、か。
都合よく客に強者が混じってたりはしないらしい。
そうであれば楽だったんだが。
目的地まで別に大した距離でもない。
仮に、ここで馬車が盗賊に占領されたとしても大した問題にはならない。
どうなろうと俺の身に危険がある訳でもないし。
だから、見捨ててもいいんだけど。
せっかく早起きしてここまで馬車で来たのだ。
気持ちよく寝かせてもらえたし。
眠りこけてた俺から荷物も盗らない善人ばかりみたいだし。
乗客と盗賊とを見比べる。
この人達が死んで、あいつらが生き残るのか……
異世界の民度がさらに下がりそうだな。
助けてやってもいいが。
しかし、無駄に目立つのもいかがなものか。
「よっこらせ」
「おい、お前! 大人しくしていろ」
「はいはい」
どちらにしろいつまでも大人しく座ってる理由もない。
虐殺を眺めてる趣味も無いしな。
腰を上げ立ち上がると速攻で怒声が飛んできた。
そりゃ、狭い車内だからな。
乗客の全員が怯えて固まっているのだ。
その中で動けばすぐ目につく。
「舐めてると殺……」
ま、関係ない。
この手の相手は対話するだけ無駄。
言い切る前に首が落ちた。
人を切るのなんて久しぶりだ。
だから、少し綺麗に切り過ぎてしまったらしい。
あまりにスパッと切れたものだから。
鮮血が勢いよく溢れてしまった。
あーあ。
車内が汚れちゃったよ。
近くにいた人にもかかっちゃってるし。
感染症にでもなったらごめん。
ま、現在進行形で命の危機なんだし許してくれるよね?
いや、そもそも発症まで生きてられるかどうか。
そこもまだ不透明なわけだけど。
さて、車内にいた盗賊を殺したが。
それじゃ何の解決にもならない。
このままここを去れば目撃者は全員死亡。
俺の噂話が囁かれるなんてこともない。
助けるならこのまま外に行って盗賊を殺して回ればいい。
その場合、多少の風評とお付き合いする必要がある。
どうしたものか。
頭を失い力無く倒れた盗賊の死体。
邪魔なそれを軽く足蹴にし、入口の方に進む。
そのそばで震えていた青年に話しかける。
「なぁ、君」
「……は、はぃ」
「大丈夫か?」
「な、なんとか」
この馬車の持ち主の商人だ。
かわいそうに。
脅されでもしていたのだろう。
身体がこわばっている。
……恐怖の視線が俺にも向いている気がするが、それはこの際無視だ。
「外の冒険者、もうすぐ全滅するだろうな」
「……」
「そうなったら」
「分かってます、この商売を始めた時から覚悟は決めていました。……せめて乗客だけは見逃して貰えるように盗賊達に交渉して」
俺に助けを求めないんだな。
今のでそれなりに強いのは分かっただろうに。
確かに、1人おっさんが加勢したとこでこの数の盗賊相手じゃ焼石に水に見えるだろう。
大勢は変わりようがないと思うのは自然。
だが、例えば金を積んで自分だけでも助けてとでも言えば。
2人だけなら逃げられるかもしれない、とか。
そんな思考は全く浮かびもしないらしい。
ちょっとこの世界のこと誤解していたかもな。
いや、今こんな状況になってるのもこの世界だからだしな。
誤解じゃないか。
ただ、こいつが特別ってだけ。
こんな純真無垢な奴がいるとは。
前世でもこんなまっすぐな人間見なかったぞ。
特別、か。
方向性としては違うが、同類だ。
別に大した理由じゃない。
が、理由は理由だ。
どっちでも良いなら、これが理由でも良いだろう。
結局、自分が納得できればそれで良いのだ。
しゃーなし、助けてやるか。
「ひゅー、かっこいいじゃん」
「何をふざけて!」
「助けてやろうか?」
「え?」
「俺、これでも冒険者なんだよね。Dランクだけど」
「……」
「今なら依頼受け付けてやっても良いが?」
「本当に、」
「その代わり、報酬ははずめよな」
「は、はい!!」
ま、命がかかってるし。
ここで払い渋る奴もいねぇだろ、って事で。
多少吹っかけさせてもらう。
Dランクじゃ頼りないかもしれないが。
いないよりましだしな。
俺がチート持ちだったこと、神にでも感謝するんだな。
さて、久々に時間外労働でもやりますか。
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