馬車 3

「……ん?」


 しばらくして馬車が動き出した。

 乗客が全員揃ったらしい。

 もしかしたら、遅刻して置いていかれたバカも居るかもしれんが。

 その時点で客ではない判定だ。

 ま、これは前世でも変わらんな。


 決して乗り心地が良いとは言えない安馬車。

 それは席の座り心地の話だけではなく。

 まず、道は大半が未舗装。

 街の中でも大通り以外はかなり凸凹しているし、街の外となればお察しである。

 その上で、サスペンションなんて物も付いていない。

 もしかしたら付いてるのかもしれないが、まともな性能じゃない。

 道の凹凸をダイレクトに感じる。

 チート持ちじゃなければ。

 目的の街に着く頃には腰が逝っていた事だろう。


 ただまぁ強く文句を言うつもりも無い。

 馬車の性能に関しては。

 そもそも、安い馬車利用しといて何言ってんだって話だし。

 道に関しても。

 最低限、馬車が通れるだけの整備がされてる事に感謝しなければ。

 なんたって殆どが街の外での作業になるのだ。

 当然、その全てが命懸け。

 贅沢言ってられる前世とは根本から違う。

 

 そんな間違っても快適と呼べるような状況ではない。

 過酷な旅路。

 しかし、こうゆらゆらと一定間隔で揺らされているとうとうとしてくる。

 不思議なものだ。

 今日、早起きこそしたが別に寝不足って訳でもないのに……

 目覚ましなんて便利なものはないのだ。

 俺みたいな意思の弱いおっさんが早起きしようと思ったら、基本的に早寝以外選択肢がない。

 これから日も昇り暖かくなって来る。

 そのまま夢の世界に突入したら気持ちいだろうなぁ。


 ま、いくら気持ちよくてもここで寝るわけにはいかないんだけど。

 日本の電車じゃないんだ。

 寝ていても放って置いてもらえるほど周りの人間はお人好しじゃない。

 起きた頃には荷物が綺麗さっぱり無くなっていたなんて可能性も十分にある。

 ほとんどの物はアイテムボックスの中、手持ちの荷物なんて最低限の物しかない。

 だから、盗られたら一文無しになるって訳じゃない。

 が、別に俺は大金持ちって訳でもないのだ。

 最低限の荷物でも、すられたら痛い。

 その程度の金額すぐに稼げるが、稼ぐためには働く必要があるわけで。

 自らの労働時間を増やすようなことはやりたく無い。


 別に、はなっから他の乗客に疑いの目を向けてる訳じゃない。

 必ず盗られるとは限らないし。

 これは言っちゃえば意識の問題。

 実際、俺がうとうとしていても悪意ある視線は感じない。

 根っからの悪人は乗り合わせていないのだろう。

 ただ、平均的な庶民でもそれぐらいするってだけ。

 計画性はないし、眠そうにしてるからって狙ったりはしないけど。

 目の前で寝てたら盗っちゃうかもねって。

 悪人とか関係なく。

 そもそもの民度、それ自体が大きく異なるのだ。


「お兄さんは何しに?」


 だから、都合が良かった。

 話しかけられて。


「ちょっと依頼でね」

「へぇ、冒険者さんなんですね」

「Dランクだけどね」


 正直に旅行と答えても良かったが、なんとなくそう答えた。

 別に見栄を張った訳ではない。

 冒険者なんてのは底辺の職業だ。

 特にDランクなんて。

 だからまぁ、嫌な予感がしたって言うか……

 そんな理由だ。


 にしても、18前後ぐらいの女性だろうか?

 見る限りは連れは居ないっぽい。

 珍しいな。

 この手の馬車には何度も乗っているが、女性の1人客なんてそう見なかったと思う。

 別にこの世界の男女比が偏って居たりはしない。

 治安が終わってるのが理由だろう。

 薄暗くなっただけで外出を控えるレベルだ。


 仮に連れが居たとしても、街の外に出るなんて滅多にない。

 それが女性1人。

 しかも、安い乗り合いの馬車でなんて。

 そこに飛び込むのは、自殺に近い蛮行に思える。


「お嬢さんの方こそ、何をしに?」

「お嬢さんって、そんな歳じゃないですよ」

「いや、俺もそう思ったんだけどね。年下にお姉さんもないかなって」


 笑われてしまった。

 仕方ないじゃん。

 これぐらいの歳の女の子相手だと、男側は気を使うもんなんだ。

 ただでさえ言葉を選ぶのに。

 最近じゃセクハラだなんだとうるさいからね。

 ま、これは完全に前世の話だが。


 その価値観を引きずったまま生きてる俺としちゃ、当然の話なのである。

 この世界じゃ男尊女卑の色が強い。

 と言うか、治安が悪いのも相まって力がないと危なすぎて外をまともに歩けない。

 そんな世界で女性の社会進出とか進む訳もなく。

 一部の仕事を除けば職場は男ばかり。

 だから、本当はあんまり気にしなくても良いのだろうけど。


「じゃあ、エレナって呼んでください」

「エレナさんね。改めて、何をしに?」

「んー。私はね……、秘密」

「俺は言ったのに、酷くない?」

「知ってます? 女ってミステリアスな方がモテるんですよ」


 酷いも何も、嘘を言った俺が言えた義理じゃないが。


 にしても……訳あり、かな?

 女性が皆弱い訳じゃない。

 それこそ、女性の上位冒険者も居たはずで。

 なんなら魔力なんてものがある分、男女での戦闘力の上限の差はかなり少ない。

 魔力を使えない一般人の差は前世と変わらないけどね。

 だから、女性が一人旅をしてるからと言って。

 全員が全員訳ありとは思わない。


 ただ、この子の場合。

 多少贔屓目に見たとしても強くはない。

 直感的にもそうだし、ステータスを見ても。

 どちらかといえば平均未満。


 家出、だろうな。

 どこにも居場所がなくて、身一つでの逃避行。

 それで馬車に乗って他の街へ、か。

 自殺行為もいいとこだ。

 自分でも理解してるんだろう、彼女の浮かべる笑顔はどこか乾いていた。


 そんな子相手に旅行なんて。

 残酷な事、言える訳ないだろ?

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